今年で「GP250」が60年の幕を閉じる

GP250 (ペドロサ・2004年)
【写真提供:本田技研工業】
ロードレースの世界から、2ストローク250ccエンジンを搭載したレーサーマシン(レース専用車両)で戦うカテゴリー「GP250」が今シーズンをもって姿を消す。世界選手権(WGP)の中量級クラスは4ストローク600ccのエンジンを搭載したプロトタイプマシンによるレース「Moto2」に移行され、全日本ロードレースでは「ST600」が今後は「中量級」の役割を担うことになる。

今回は60年の長い歴史を持つ「GP250」の歴史を簡単に振り返りながら、新しくスタートする「Moto2」についてもご紹介していく。

日本人ライダー、日本車が活躍したGP250

日本のレースファンにとって「GP250」は実に思い出深いものである。かつての最高峰クラス「GP500」に続くレースカテゴリーとして、未来のスーパースターたちがその腕を激しいバトルで競いあった。日本からは原田哲也、加藤大治郎という2人の世界チャンピオンを輩出し、コンストラクタ—としては60年以上に及ぶ歴史の中でホンダが19回、ヤマハが14回、カワサキが4回、ワールドチャンピオンに輝いた。この数字を見ても分かる通り、「GP250」はまさに日本の二輪業界の輝かしい歴史と共に歩んできたカテゴリーである。

世界選手権「GP250」では既に開発の終了したホンダのRS250RWを駆り、日本の青山博一が孤軍奮闘中!最後のGP250世界チャンピオン獲得目前だ!
【写真提供:本田技研工業】
また、「シャーッ」という高音域のけたたましいエキゾーストサウンドやモクモクと白い排気ガスをまき散らしながらスタートしていく様は80年代、90年代の若者に大きなインパクトを与えた。

バイクレースに熱狂した若者はホンダNSR250、ヤマハTZR250に代表される2ストローク250ccのレーサーレプリカ市販車を購入し、そのバイクにレースマシンのカラーリングを施し、峠などを走りまわったものだ。今となっては「懐かしい」という言葉しか出てこない過去の若者文化であるが、日本のロードレースが人気を博し、レース界が発展したその背景を語る上で「GP250」が与えた影響は避けて通ることができないものだ。