「おかしい」と感じたら、すぐに医療者を呼ぶことが大切
急変に遭遇したお母さんに話を聞いてみると、「少し前から、おかしいと思っていた」という発言がしばしば聞かれるそうです。でも「大丈夫だろう」と思ってしまい、医療者もその場を離れてしまった結果、発見が遅れてしまったのです。渡部医師は言います。「カンガルーケア中の異変がなかなか発見されなかった場合、お母さんには「病院の分娩室にいながら発見してもらえなかった」という怒りもあるけれど、それは自分の胸の上で起きたことなんです。」お母さんたちの心には、「自分は気づいてあげられなかった」という耐え難い痛みが残ってしまうのです。「ですから、カンガルーケアを行う場合は「事前説明」が必ず必要です。出産直後は呼吸の不安定な時期だから どんなことでも何か変わったことが起きたと感じたらすぐに呼んで欲しいと言っておくのです。」
ぐったりと動かない場合は注意が必要
顔色の微妙な変化は、生まれた直後の赤ちゃんを見慣れていないお母さんが判断するのはちょっと難しいそうです。でも動きはわかります。「もともと出生直後の赤ちゃんには、お母さんのお腹に載せておけば這って乳首を探すような力があります。だからまったく動きがなくぐったりしている場合は、具合が悪いのかもしれません。」パートナー、助産師さんと出産後のひとときを過ごすお母さん。カンガルーケア中の赤ちゃんは足に小さなセンサーがついていて(写真ではほとんど見えないですが)、呼吸を見守る装置とワイアレスでつながっています。 (倉敷中央病院で) |
呼吸の状態を調べる機械も必要かもしれない
渡部医師たちは、今後は、元気に生まれた赤ちゃんにも、医療者が赤ちゃんの呼吸を見守る「モニタリング」が必要、とも考えています。これには機械による方法と人がついて観察する方法があります。機械を使う方法については「親子のスキンシップが妨げられる」という意見もあります。渡部医師も「機械をつけると、お母さんが数値ばかり見て赤ちゃんを見なくなることが多い」と言います。しかし、人がずっとついている余裕がない場合は、異変時にはアラーム音が鳴るような無線式のモニターが必要かもしれません。
「機械を使うなら、お母さんから数値が見えないように機械を置くといいと思います。また、コードレスの機械を使ったり、心音がスピーカーから鳴らないような設定にしておけば機械の存在感は小さくなります。」
現代科学でもわからない赤ちゃんの神秘
妊婦健診の技術が発達した現代では、正常な経過で出産した赤ちゃんの急変はまれです。しかし、生命誕生の仕組みはまだまだ神秘のベールに包まれています。赤ちゃんが自力で呼吸を開始するのは生物が海から陸へ上がった歴史の再現と言われています。多少とまどってしまう赤ちゃんがいても不思議はありません。昔の人はそのことをよく知っていて、赤ちゃんが生まれるとさまざまな「魔よけ」をおこなって赤ちゃんを守ろうとしました。
カンガルーケアの問題はそのことを思い出させ、この時間の赤ちゃんがもっと大切にされるきっかけになっていくかもしれません。
◆もっと知りたい方へ
【REBORN】 カンガルーケアの事故報道から見えてきたもの
カンガルーケアの事故報道から考えるべきは「人手不足」の問題!米国にある新生児を放置しないための学会ガイドライン、日本の医療法の盲点などをお伝えします。
カンガルーケア・ガイドライン
これまでに確立している科学的根拠を元にしたガイドライン。新生児医療に携わる医師を中心にしたワーキンググループで作られ、今回お話しいただいた渡部先生もメンバーの一員でした。「健康な正期産児」のカンガルーケアについては、「十分な事前説明と機械を用いたモニタリング及び新生児蘇生に熟練した医療者による観察」などの安全性を確保しているという条件の下で、実施を推奨しています。ただし安全性確保の方法については「今後さらなる研究、基準の策定が必要です」という注釈がついています。