親は自分の世界観と価値観で、自分の子供に教育を施します。もちろん、それは当然の行為です。
しかし、親はいったん、自分の経験や成功体験を捨て、これからの未来を想像して、子供にはどういう教育が必要なのかを考え直したほうがいいかもしれません。
戦前に「りっぱな軍人になりなさい」と教育された子供は、がんばって軍人になりました。しかし戦争が終わると、戦犯として処罰されてしまいました。
良かれと思っていた教育が、結果としては犯罪者を育てることになったわけですから、その子供は、「親の言うことを聞いてがんばったのに、なんで?!」と頭を抱えたかもしれません。
ということは、子供の教育の方向性を誤ったら、時代が変わるとまったく使い物にならないかもしれないどころか、社会のお荷物になってしまう可能性があるということです。
そこで親に求められることは、20年後の社会を想像して、その時代に必要だと思われる教育を受けさせること。
しかし、それは非常に難しい。私でもできないでしょう。
そこで、親ができるのは、子供自身が、自分の頭で考え、自分の足で立って生きられるような、強靭さ、柔軟性、変化への対応力、変化そのものを創造する力を身につけさせる、ということでしょう。
そう考えると、学問という分野に限定された教育の優先順位は、そう高くないことがわかります。
都市部を中心に受験熱は高いですが、就職に有利だからとか、大学くらいは言っておかないと、という発想では、もしかしたら、あらゆる学費が無駄になるかもしれません。
大手企業に就職する、大学教授を目指す、など、ある程度の学歴が必要な方向性もあるでしょう。
しかし、昨今、日本の高校生で学力トップクラスの学生が、ハーバードやスタンフォード、イエールへ留学する傾向があるということを、留学予備校を運営する知人に聞きました。
東大に合格するほどの実力があっても、あえて欧米のトップスクールを選ぶ、というのです。
中には、スイスのボーディングスクールへ留学させ、全寮制で規律を身につけさせる、という親もいます。
つまり彼らは、同じ子供を進学させるのであれば、「多様な価値観を身につけさせる」「厳しい環境に身を置かせる」「ひとり立ちさせる」「英語を身につけさせる」など、普通の親は持っていない価値観で子供の教育を考えているのかもしれません。
もちろん、何が正しいか正解はありませんが、「みんなそうしているから」ではなく、改めて「子供には何が必要なのか」と、教育の方向性を考えることで、教育費の有効な(納得できる)使い方になるのではないでしょうか。
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