しかた ひろあき
テクノポップ周辺の音楽発掘家/幅広い領域のプロダクトリサーチャー
テクノポップを中心としたレコード蒐集癖からPOP ACADEMYを1997年に設立。2016年に『共産テクノ ソ連編』を出版。さらに、プロダクトリサーチャーとして、商品、サービス、教育にわたる幅広い業種において開発コンサルティングに従事。Twitter(hiroaki4kata)も随時更新。
スペースディスコというジャンルはいつから?
「スペースディスコ」シリーズ第5弾は、「スペースディスコという名称がどのあたりから使われるようになったか?」から始めていきましょう。後半では、ロボットディスコ「Love Machine」、そして日独合作の時代のあだ花的スペースディスコについても触れてみます。
ツリメラ三姉妹によるのぞき穴演劇に潜入
6月23日・24日「pit北/区域」にて行われたツリメラ様による「のぞき穴演劇 (女王陛下のシークレット・サービス)」の潜入レポートです。かって、これほどに臨場感と緊張感が体験できる演劇があっただろうか? 7月18日より公開のアイドル映画を破壊するアイドル映画『ロード・オブ・ツリメラ』のスチールも掲載。
時間や場所を忘れさせてくれるSigh Society
90年代初頭、テクノ黎明期のPC-8に始まり、現在Sigh Societyとして活動するハゼモトキヨシさんに登場いただきました。InterferonとしてカヴァーしたYMO曲、ヴォルフガング・フリューア公演でのオープニング・アクト、そして渾身の新譜『Swell EP』等について語っていただきました。
サラ・ブライトマンには宇宙へ行って欲しかった
「I Lost My Heart to a Starship Trooper」はスペースディスコの代表曲の一つ。これは、宇宙に行くつもりだった世界的ソプラノ歌手、サラ・ブライトマンが昔、ホット・ゴシップと歌った曲です。5月13日に飛行断念を発表しましたが、彼女には宇宙(スペース)でスペースディスコを歌って欲しかった!
JUN FANTATHEATERは宇宙の一部です
チェブラーシカ好きとしても知られるJUN FANTATHEATER(ジュンファン)ちゃんが、『Cosmic Walk』に続き第2弾となる『innerCOSMIC』をリリース! 前回に続いてミトメマコト師匠とともに、心の宇宙を歌います。6月12日の「7th SUMMER of LOVE」を皮切りに夏のライヴもスタート!
ダフト・パンクの父もスペースディスコだった!?
ダフト・パンクのメンバーの一人、トーマ・バンガルテルのお父さんは、ダニエル・ヴァンギャルド。お父さんも、70年代から活動したミュージシャンですが、彼もスペースディスコとつながっています。また、1971年には、Yamasuki Singersのメンバーとして、後にバナナラマのデビュー・シングルの元となったニセ日本語ソングを作りました。
くみんこ÷グレープさんと名古屋談義
ぶどう÷グレープは、毎3ヶ月シングル配信リリース。第2弾は、「今日の彼、明日の私/博士に相談」。リーダーのながい÷グレープさんとのロック談義に続いて、モデルとしても活動するくみんこ÷グレープさんとの名古屋談義。ぶどう加入のきっかけから、現在に至る彼女について伺いました。
『スター・ウォーズ』とスペースディスコのカンケイ
ダフト・パンクのヘルメットから始まったスペースディスコの旅。2015年12月に『スター・ウォーズ ep7/フォースの覚醒』が公開されますが、初代の『スター・ウォーズ』にインスパイアされて出来上がったスペースディスコ・アルバムが二つあります。一つはアメリカ、そしてもう一つはフランスです。
ダフト・パンクよりずっと前にヘルメットだった奴ら
今や世界制覇をしたと言っても過言ではないダフト・パンクは、いつからヘルメットを着用していたのでしょう? 今から38年ほど前に同郷のフランスからヘルメット姿でデビューしたバンドがいます。彼らのクリップを見れば、僕が彼らをダフト・パンクの原型と呼ぶのも納得してもらえるのではないでしょうか?
ダンボール・バットは爽やかに壊れている
AMIさん率いる“高円寺のデフ・スクール”を目指すダンボール・バットが、6月25日にニュー・アルバム『壊れたカセットはA.O.R.』をリリースします。全然、AORサウンドではないけど、AOR的に爽やかに壊れている、妄想の異質混合カオス! 懐かしネタから始まるAMIさんとの対談です。
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