<藤田> 最後は聴覚です。実は、五感の中で一番優先順位が低い気がして後回しにしたのですが、一方では、今後に研究開発の余地を残した分野のようにも思います。温泉における聴覚に関する楽しみや、思い入れなどを、ご紹介いただけますでしょうか?
<郡司> 温泉と聴覚との関係はあまり考えにくいですが、湯の流れる音などが考えられます。湯量豊富で床にザバザバと掛け流れている音を聞くと気持ちの良いものです。しかしほとんどは聴覚としての感覚はありません。
しかし、一人で広い露天風呂に入浴し、ゆっくりと寛いだときなど、あるとすれば静寂でしょう。その静寂があれば自然の音色が聞こえてきて旅情を感じ、温泉地に来たのだなあと思います。鳥の声や、木々のさわめき、風の音や、川の流れの音などが、良いバックグラウンドミュージックとなるでしょう。
渋温泉に泊まった時に、石畳をあるく下駄の音が聞こえてきました。温泉街では下駄の音が風情を高め、雰囲気が出ると思います。
<藤田> 温泉施設で音楽を流すのは別にして、温泉で自然な聴覚といば、やはり内湯のエコーの効いた環境で、手桶の物音が響き渡っているようなケースではないかと思います。それだけで浴場の雰囲気が高まる気がします。
さらに、お湯が注がれる音、お湯が流れ去る音。湯の扱いが良く、湯量豊富な温泉だからこそ聞こえる、こうした音も、温泉好きにはたまらない魅力だと思います。スーパー銭湯では樽風呂が人気ですが、浸かる時に盛大に湯が溢れる音がするのも、人気の秘密であろうと思っています。
最近、特に注目しているのが、足元湧出温泉が自噴する音です。郡司さんも以前対談されていた、サワサキヨシヒロ!さんが、最近「Naturally Gushing」、つまりその名も「自噴(泉)」という名義で活躍され、その最初のCDの最後の曲として収録されていたのが、なんと千原温泉の自噴の音だったのです。
私は温泉は音も無く湧いていると思っていたので、その音の大きさに驚き、一時は合成音かと疑ってしまった程です。しかし先日、地獄温泉すずめの湯で、全く同じ音を確認しました。温泉が自噴する音って、こんなに大きく、心地よいものなのかと、認識を新たにしている今日この頃です。
あと、郡司さんが音の反対の「静寂」を指摘されたので、急に思い出したことがあります。私は以前から九州の川底温泉が好きで、その魅力の謎を考えた結果として、一つ思いついたのが、川の音の騒音でした。川の音が大き過ぎて、他の音がしないという特殊な「静寂」があったのです。これによって、五感のうちの聴覚が塞がれた状態になり、他の四感に意識を集中して温泉を楽しめることが、心地よいのだと思いました。
私は薄暗い浴場も好きなのですが、それも視覚を塞いで、嗅覚や触覚から感じる温泉の良さに全身全霊を傾けることに、快感を見出しているのかもしれません。そうした意味では、五感を極限まで磨く一方で、意識的に塞いだり、意識を特定の感覚に集中させる訓練も大切かもしれません。