符牒編
むかし、むかし、昭和30~40年代。団体客が温泉旅館に押し寄せ、客をさばくのが大変だったころ(そんな時代もありました)。旅館では独特の符牒(社員同士が客にわからないようにやり取りする言葉)がありました。今では、ほとんど使いませんが、最後にごく一部を雑学としてご紹介しましょう。
■ドヤ、トバン、チュージョ
ドヤ街、など現在でも使われていることもある。いわゆる、逆さ語。熱海のドヤのトバンにばかにされた。といえば「熱海の旅館の番頭にばかにされた」という意味。チュージョは女中の意味だが、いまや女中は差別語として禁止用語となっている。
■花
玉(ギョク)ともいう。心付け、茶代のこと。
「花もらったなんて時代もあったねえ」というのは古いお姉さん(仲居さん)がよくする思い出話。番頭さんや仲居さんがある程度、部屋割りや料理出しに融通を利かせることができた時代、到着時に客から一種のわい賂として渡された。今でも、チップ(後出しの感謝のしるし)と混同して渡している人もいるが、効果はほとんどない。
■一本立てる
芸者(シャゲイ)を呼ぶこと。
線香が一本消えるまでの時間(約30分)を料金単位としていたため、こう言われることがあった。
■ガマピン
女性の一人客のこと。
ガマとは女性客。ガマ連れといえば、女性連れ。ピンコロは一人客。ガマピンといえば、通常考えられない客(自殺でもするんではないか)と思われていた。現在では考えられない誤解だが、古い業界人にはその発想がまだ残っていたりするのでオドロキ。
こうした符牒でもわかるように、江戸中期(お伊勢参りのころ)から、昭和40年代ころ(大阪万博があった昭和45年までと思われる)まで、観光旅館は「男性天国」でした。
旅行の一般大衆化が図られるまでの約200年間、観光旅館は男性団体客のためにあったと言っても過言ではないでしょう。
しかし、誰もが平等に安心して旅ができるようになった現在。符牒や隠語の必要も激減し、こうした言葉も死語になりました。それはそれで、とても良いことだと思いますが、逆に、観光旅館にはこうした過去があったのだと、覚えておいても損はないと思います。
いつか、どこかで、聞くことがあるかもしれませんよ。
業界隠語基礎講座<了>
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