北九州・門司港の地図
今回の行き先は、【福岡】
門司港レトロ・歴史ある街を歩く
明治時代に始まった文明開化の流れの中で、日本国内にはあちこちに洋風の建築物が建てられるようになり、街のカラーを作り出していきました。時の経過にあわせてなくなってしまったものも多いですが、古き良きものを残したまま新しい時流に乗った建物が加わることで、街の魅力がさらに引き立つようになった場所もたくさんあります。

そんな街の中から、関門海峡を抱える九州の入口にある門司港(もじこう)レトロをご紹介します。
※画像は2006年1月に撮影したものです。

大陸貿易の基地として栄えた門司港

旧 大阪商船の建物
旧大阪商船の建物。大陸航路の客船に乗り込む人たちの待合室として使われていました。
筑豊の炭田を抱え、製鉄を含めた工業力で成長した北九州地区。大陸貿易の基地として関門海峡に面した門司港が1889年(明治22年)に開港します。

たくさんの外港客船が出入りした門司港には官庁、金融機関、商社や海運会社などのビルが建ち並び、とてもにぎやかだったとのこと。開港から120年近くたった今でも明治時代から大正時代にかけて建てられた洋風建築が数多く残りました。JR門司港駅を降りてすぐの所にある「旧大阪商船」もそんな洋風建築の一つです。

1917年(大正6年)に建てられ、門司港から出ていた大陸航路の客船に乗り込む人たちの待合室として使われていました。現在は1階がイベントホール、2階が「ハートカクテル」でおなじみのイラストレーターわたせせいぞうさん(北九州市出身)のギャラリーになっています。

日本で唯一、重要文化財の駅舎を持つJR門司港駅

鹿児島線の始発駅、門司港
鹿児島線の始発駅、門司港駅。今では数少なくなった行き止まり式のホームは懐かしい終着駅のイメージを盛り上げてくれます。
九州で初めて鉄道が開通したのは1891年(明治24年)、現在の門司駅と玉名駅(当時は高瀬)で運行を開始しました。1901年(明治34年)には関門海峡の対岸である下関(当時は馬関)との間に連絡船が開設し、本州と九州を渡る乗客も利用するようになりました。乗客増に対応して1914年(大正3年)に連絡船の港近くに移転という形で作られたのが現在残る門司港駅の駅舎です。

イタリア、ローマのテルミニ駅をモデルとしたルネッサンス様式の建物で、現在は重要文化財の指定を受けています。現役で使われている駅舎が重要文化財の指定を受けているのは全国でも門司港駅ただ一つだけ。

駅舎の中に入ってみると「切符売場」や「自動券売機」などの文字表記を旧字体で表すなど、昔の駅舎の雰囲気を良く残しています。今では数少なくなった行き止まり式のホームも駅の雰囲気を引き立てており、改札をくぐった正面には鉄道開業100周年を記念して建立された「九州の鉄道0哩碑」もあります。

それでは他の洋風建築も見に行ってみましょう。次ページに続きます。