ズタズタに切り裂かれたブランドバッグでした。そしてぶち壊された携帯電話…。あの恐ろしい音は、バッグを切り裂いていた音、そして携帯電話を破壊していた音だったのです。
ブランドバッグはけして手で裂けるようなものではありません。ということは男は「ナイフ」か「はさみ」といった刃物を持っていたことになります。
結局、少女Aは男に約束のお金をもらうことも出来ず、ボコボコに殴られ蹴られして、バッグを切り裂かれて、携帯電話を壊されたのです。もちろん、強姦されてもいます。さて、そこまでされていながら、彼女は警察には訴え出てはいません。なぜ?
自分が売春行為をしたこと(実際には強姦されたのですが)、金銭目的で合意して名前も素性も知らない男についていったことを自分が一番よく知っているからです。
それが法律に違反していることも知っています。暴力行為を受けて、殺されるかも知れないという恐怖を味わいながらも、届け出ることは考えなかったのです。また自分がそこで責められるようならば、十代の少女としては、わずらわしかったのかもしれません。
少女Aは、このことをある気軽な電話相談窓口に電話して話しました。「お金は結局もらわなかったの」「強姦されたのでしょう」という問いかけに、彼女は
「お金はいい。ヤラれたこともいい。ただ、携帯電話の友達の200人からの電話番号のメモリが消されたことだけが悔しい!」と憤慨していたとのことです。
その電話を受けた人物が「今時の女の子はわからない。こんな目に遭いながら、携帯電話のメモリのことだけをくやしがっている」と、あきれていました。
しかし、私はこの話を聞いたとき、その人物にこう言いました。
「その子(少女A)も、もちろん恐かったのに違いない。密室で見知らぬ男に殴る蹴るの暴力を受けるなんて、恐ろしくないわけがない。ただそれを口にすると恐怖を再現することになるし、いやな思いがまた湧き上がってくる。それを避けるために、それはなかったことにしたい、そんなことより、携帯のメモリが悔しい、ということで無意識に恐怖の事実を忘れようとしているのではないか」