春昼の日差し、季節の移り変わり。 |
春分の日。上野恩賜公園の桜はまだつぼみながら、ひさしぶりの麗らかな陽気に、たくさんの人出でした。
子どもたちが動物園を楽しんでいる、つかの間。ガイドがひとり静かな散策に向かったのは、不忍池近くの『旧岩崎邸庭園』。
見回せばぴかぴかと小奇麗ではあるけれど、うっすらチープな新建材のわが住まい……。身の丈でもある我が家に特段の不満はないにしろ、ときどき重厚な「本物」の建物を見たり、感じたりしたくなります。皆さんは、いかがですか?
夢の住まい像を、現実の日の光の下で見てみる
さて、いい歳して子どもっぽい夢をと笑われることは承知のうえで告白いたしますと、実は……お城に住んでみたいのです。ずっと。漫画に出てくるような、絵に描いたような西洋風の『お城』。百歩譲って(?)絵に描いたような『お屋敷』でもいい。ゴシック様式で、装飾過多気味の、天井の高い、重厚かつ壮麗な……。想像してみるだけなら罪もなくまた無料(タダ)。そしてそんな夢のイメージを強化すべく、普段は写真集や画集をめくるのですが、より鮮やかなイメージ強化に「本物」建築見学はとても有効なのです。
旧岩崎邸洋館と広い空。 |
『旧岩崎邸庭園』に建つ洋館は、日本近代建築の父といわれたイギリス人、ジョサイア・コンドルの残した「本格的西洋木造邸宅」。その様式はイギリス17世紀初頭における『ジャコビアン様式』(イギリスにおける初期ルネサンス様式のリバイバル)を基調としているせいか、どことなく音楽的な、整った美しさを建物のそこここから感じ取ることができます。
けれど、いざここに住んでいいと言われても実際は困るし、さぞかし住み辛かろうと思ってしまう。庶民の悲しさ……!
「お掃除はどうする」「主婦一人じゃ維持できない……執事とメイドとばあやとじいやが必要……」などと勝手な想像たくましく、「やはり住まいというものはその人の器に合致したものであるべきだ」という思いもまた強化。
そしてこの洋館のかつての主であった岩崎久彌氏とはどのような方であったのだろう、その人の生きた時代とは……などと考えめぐらせつつ、「今、この現代において自分の器に合致し、かつ夢のエッセンスを生かした住まいを手に入れるには」といった超現実的な戦略を練ってみたり。
残念ながら戸建新築の予定のないガイドには活かす機会は当分ないと思われますが、瀟洒な洋館住まいを夢見る御同輩と分かち合うべく、この『旧岩崎邸庭園』洋館から学んだエッセンスをひとつだけ、お伝えしたいと思います。
基調さえ整えば、壁紙やファブリックで遊べるの術
明治29年(1896年)竣工。塔も美しい。 |
洋館の正面玄関から一歩建物内に入ると、その荘厳とも言える暗さに、昼の日差しに慣れた目を瞬かせてしまうでしょう。
意匠を凝らせた床や建具、天井の色味は建築後、長い時間を経て深い飴色に輝いています。その濃いブラウンの色調は建物全体を統べているのですが、個々の部屋の内装とくに壁紙はグリーンとゴールドの『金唐紙』あり、くすんだピンク、ベージュ、といった具合に、色も模様も多様。
洋館の建具や床、天井の色調も、1階と2階では微妙に異なるように感じました(2階のほうが明るめ)。さらに、バルコニー部分の列柱装飾も、1階はトスカナ式、2階はイオニア式(世界史で習った覚えが……)と異なっているそうですが、そのような差異にも説明を読まなければ気づけないもの。
展示の都合、部屋から部屋を渡る順路にドアはないため、がらりと異なる色みの部屋が隣り合っている、さぞかし違和感が……と思いきや、それがさほど気にならないのです。
時代のせいもあるのでしょうが、簡素がもてはやされる昨今です。住まいを新築などする際にも、コストパフォーマンスの点から(また統一した住まいのテイストを求める嗜好から)あらゆる居室の壁紙も、建具も、すべてそろえる、これが正解と思われる向きも決して少なくありません。
(実はわがマンションもそう)
けれど、案外、居室それぞれが違う壁紙を選択し、カーテンの柄も思い思いの種類を選びしても、気にならないものなんですよね。(忘れていましたがガイドの実家がそうでした。)床のフローリングの木組みなども、廊下と居室それぞれで皆違うのですが、来客も言われなければ気づかない有様の「地味過ぎるこだわり」。1階と2階の床・建具の色調もガラッと異なるのですが、そのことにさえ来客は言われるまでまず気づきません。当事者としては不思議なのですが、そんなもののようです。
ただし、通奏低音のごとく、全体の(フロアごとの)基調が確り整ってさえいれば、という条件はつきそうですが。「そんなものかな」と疑問に思われた方は、ぜひご見学を!
大人の愉しみ、でもリーズナブル……
バルコニーから眺めた庭園。往時に及びもつかないけれど、それでも広い。 |
洋館をじっくり楽しんだ後は、順路に沿って和館へ。かつて岩崎久彌氏が、実際に住まわれていたのはこの和館(しかし現在では殆どが現存せず、一部のみ公開)だそうですが、このお座敷でお抹茶と練り切りなどを愉しむことができます。気候が良くなれば屋外でもいいですね。
500円という喫茶料は雰囲気を味わえる意味でもとってもリーズナブル。そして広々とした庭園を散策して歩くのも素敵なおまけです。四方はビルに囲まれているのですが、このお庭の上だけ、なんて空が広い。
丁寧に整備された庭木、ちいさな草花。目を転じてさきほどまで歩いていた建物外周を眺める。うーん、やっぱり、『お屋敷』は……イイ。住みたい……(懲りません)。
・・・
ゆっくり見て、お茶をいただいても1時間強でしょうか。
花の盛りももう間近。お花見の前に、また上野散策ついでに(ほどなく湯島天神、水道橋や御茶ノ水、秋葉原に抜けるルートで歩いても然程の距離はありません)、『本物』が陽炎のように見せてくれる白昼夢を、あなたも愉しんでみては……?
■重要文化財 都立 旧岩崎邸庭園
〒110-0008 台東区池之端1-3-45
アクセス●地下鉄千代田線「湯島」(C13)下車 徒歩3分
●地下鉄銀座線「上野広小路」(G15)下車 徒歩10分
●地下鉄大江戸線「上野御徒町」(E09)下車 徒歩10分
●JR山手線「御徒町」下車 徒歩15分
問合先 ●旧岩崎邸庭園サービスセンター TEL 03-3823-8340
【AllAbout 旧岩崎邸庭園 】
●All About[シニアライフ]明治の建築が蘇る。青く浮び上がる洋館は幻想的。 ライトアップ旧岩崎邸
●All About[ 長く暮らせる家づくり]古きよき住まいを訪ねて~第4回~ 旧岩崎邸から学ぶこと
●All About[建築家]東京建築散策---1 旧岩崎邸に洋風建築の粋を見る
【参考サイト】
●[公園へ行こう!]旧岩崎邸庭園