
社会的に活躍していた人が定年後、急速に「ひきこもり状態」になることがある。それまでと違って社会との接点がなくなり、自分には気楽に連絡をとれる友人もいないと気付いたとき、人は希望を見失うのかもしれない。
夫婦ともに定年退職を迎えたが
共働きで子どもを育て、夫婦ともに定年退職を迎えたユウカさん(61歳)。夫は仕事を継続せずに退職、別の会社で働くユウカさんはそのまま5年、仕事を延長することになった。
「定年後の延長では給与が6割くらいしかもらえないところもあるようですが、私は勤務先と交渉を重ね、それまでの8割は確保しました。もちろん残業代ももらいます。今までとほぼ同じ仕事をすることになったのに、収入が4割減なんておかしいでしょう。それがダメというなら他の会社に行きますというつもりでした」
ユウカさんは、あるサービスの企画運営に長年関わってきた。社内では一番のベテランだ。時代遅れのセンスになっているなら首を切ってくれと言ったが、会社は彼女を必要としてくれた。
「だったら今まで以上にがんがんやるぞと張り切っています。帰宅してから、私は定年後も働くよと言ったら、夫が『なんのために?』とつぶやいたので逆にびっくりしました。夫は私より1カ月あとに定年になったのですが、毎日、ゆっくり寝てはぼんやりするようになったみたい」
頭も体もぼんやりしてきた夫
たまには学生時代の友人に会ってみるとか、どこかに出掛けて新しい体験をしてみるとか、何かやることはないのかと聞いてみたことがある。
「そのときはしばらくゆっくりしたいと言うだけでした。でも半年もたつと、あっけなく頭も体もぼんやりしてきて……。当然だと思いますよ。人は刺激がないと脳が衰えるはずだもの」
友達いないの、とユウカさんはしつこく聞いた。夫は「いるけど会いたくない」の一点張り。友達、いないんじゃんと彼女は決めつけた。
「夫は相当、グサッときたんでしょうね。それっきりその日は自室にこもって口をきこうとしなかった。言いたいことを言い合ってきた夫婦なのに、今さらそんなことで傷つくなんてと思いましたが、彼は友達がいない、一人ぼっちだということで実は非常につらい思いをしているのかもしれません」
ただ、ユウカさんが夫に友達をつくってやることはできない。週末、彼女は友人と会う機会が増えた。定年前より仕事が楽しくなってきて、気持ちに余裕もあると笑う。そんな妻を見るにつけ、夫は落ち込んでいくのかもしれない。
一人旅が好きなのに
「うちの夫も定年後、自分には友達がいないとハッとしたみたいです。私は友達がいなくてもいいんじゃないのと思うタイプ。一人で行動するのが好きなんです。あなたも一人で行動すればいいと言ったら、『そうだな』と言っていましたが、ほとんどどこにも出掛けませんね」
チホさん(62歳)はそう言う。夫は昨年暮れ、65歳で定年退職となった。その後も働ける予定だったが、夫の方から断ったそうだ。
「男は意外と楽したい動物なんでしょうかね。私はパートですが、働けるうちは働くつもりです。パートの収入を貯めて一人旅をするのが楽しくて」
そんなチホさんを夫は心の中でうらやましがっているようだ。彼女は9月に遅い夏休みをとって、一人で九州地方を1週間近く旅してきた。
「子どもたちが独立して夫と二人暮らしになってからは、出発が近くなってから『あさってから旅行してくるわ』と伝えています。9月のときも言ったのは2日前でした。すると夫は『もっと早く言ってくれればオレも行ったのに』って。そう言われるのが嫌だから直前に話しているんですけどね」
一人旅が好きだと伝えてあるのに、「オレも行けたのに」とあたかも夫婦での旅行を妻が望んでいるかのような言い方に、チホさんは「モヤッとします」と言う。
「ぼっちと言うな」と怒る夫
一人ぼっちの何がいけないのかとチホさんは思っている。「おひとりさま」という言葉もあるのだから、「ぼっちではなくおひとりさまだと思えばいい」と。たとえ「ぼっち」でもかまわないけどと彼女にはこだわりがない。
「でも夫はこだわってますね。私が『ぼっち旅も楽しいよ』と言ったら、『ぼっちって言うな。オレはぼっちじゃない』と不機嫌になっていました。人間はどうせ一人なんですから、そんなところで怒ってもしかたがないのに」
友達がほしければ、友達をつくるような行動をとればいい。一人でいたければ一人でいればいい。いずれにしても「自分のしたいこと」をするのが大事だと彼女は言う。だが夫は「一人だと思われるのが嫌」なのかもしれない。
「いい年して人目を気にしない方がいいよと言ったら、またムカッとしたみたいです。もうこの件で夫とは話すまいと思っています」
チホさんは、あっさり夫を見捨てるように言った。もちろん結婚生活は大事にしていきたいのだが、友達はいないがつくる気はなく、一人で行動もできない夫の世話を焼く気にはなれないとため息をついた。







