
「貧すれば鈍する」ということわざがある。人間というのは貧しくなると生活が苦しくなり、それによって精神や頭の働きまでもが愚鈍になるもの。そしてさもしいことまでするようになることをいう。
息子が連れ帰った弱った子猫
半年前のことだった。マリさん(42歳)の9歳になる息子が、学校帰りにダンボールに入って草むらに隠されていた子猫を拾ってきた。子猫は息が浅く、寒さで弱っていた。7歳の娘も泣きながら子猫を撫でた。
「パートから帰ってすぐその子猫を見て、うわ、生き延びられるかなと思いましたが、子どもたちは真剣なまなざしで猫を見つめている。近所に動物病院があるので、すぐに3人で連れていきました」
年輩の獣医師は息子に「よく連れて帰ってくれたね。先生が絶対に助けるから」と言ってくれた。娘は泣き通しだったが、それを聞いて少しだけ笑顔を見せた。
「ともかく入院させるしかなかった。帰り道、『まずいな。いくらかかるんだろう』と思いましたが、命を前にそんなことは言えない。なにより子どもたちが必死なのが分かっていましたから」
夫には内緒にすることに
帰宅すると、マリさんは子どもたちに「お父さんには、とりあえず内緒にしておこう」と約束した。夫はそのころ仕事で疲弊し、なおかつ勤務先の業績が芳しくないため昇給もままならない状態だった。拾った子猫を入院させたとは言いづらい。もめごとは避けたかった。
「子どもたちも唇に指を当てて、『分かった。内緒』と言ってくれました。3日後、病院から連絡があって、子どもたちと一緒に子猫に会いに行きました。すっかり元気になっていたので子どもたちは歓声を上げてニコニコ。息子は医師に貯金箱を差し出して、『先生、これで足りる?』って。私は貯金箱をもってきたなんて知らなかったので、思わず『いいわよ、お母さんが払うから』と言ったんです。その先生は子どもの心を重視してくれ、『どれどれ』と貯金箱をのぞきました」
息子の貯金箱に入っていたのは2万円ほど。医師はそこから1枚ぬきとって、「これで十分。薬も出しておくから」と言ってくれた。おそらく4万円ほどかかったのではないかとマリさんは推測する。
息子のいないところで医師に尋ねてみたが、「息子さんは命の大切さを分かっている。いいお子さんですね」とほほ笑むだけだった。
餌代がかかりすぎると怒った夫
家に連れて帰った子猫を、子どもたちはすっかり飼う気になっている。当然のことだろう。マリさんも子どもたちのためにも家族として迎え入れるつもりだった。
「入院のことは別として、とりあえず今日拾ってきて、病院に連れていったら健康に問題はないということにしようと子どもたちと話しました。でもその日、夫は子どもたちが寝てから帰ってきたので、これ幸いと私がそのように夫に言いました。夫は『餌代はいくらかかるの』と仏頂面。安いものもあるから大丈夫と答えるしかありませんでした」
翌朝、子どもたちは早くから起きてきて、子猫が家族になると知って大喜び。「お父さん、ありがとう」と二人は口々に言った。夫もかろうじて笑顔を見せた。
それから数カ月たったころ、夫が猫の餌にふと目を留めた。健康で長生きできるよう、そこそこの値段の餌を与えていたのだが、夫はネットで調べて価格を知り、「毎月、いくらかかってるんだ」と言い出した。
「数千円と答えると、それじゃすまないだろうとスマホを突き出しました。画面には、調べた餌代の価格が表示されていた。安く売っている量販店があるのよと言いましたが、『猫に6000円も7000円も使えるか』と急に怒り出し、『子どもたちがいない間に捨ててきて』と。あんなにかわいがっていて、しかも私たちに懐いているあの猫を捨てられるの、あなた、そんなひどい人だった? 自分だって若いころ、実家で猫を飼っているって言ってたじゃないと、思わず大声を上げました」
それきり夫は押し黙り、出勤していった。その後、起きてきた子どもたちはいつものようにたっぷり猫をかわいがっている。子猫が来てから、子どもたちは早起きになり、自分から家事を手伝ってくれるようになっていた。
マリさん自身も、子猫がかわいくてたまらなかった。
「子どもたちが登校してから、あなたを絶対に守るからと猫に約束しました」
夫の冷たさが忘れられない
それまでは自由にさせていた猫を、夜は子ども部屋に移した。大きなケージで寝かせているため、子猫もすぐに慣れたようだ。夜、猫がリビングにいたら夫が捨ててきてしまうのではないかと恐れたためだ。
息子の部屋のドアに鈴をつけ、マリさんはすぐ隣の娘の部屋で娘と一緒に休んだ。
「それなのにある日、夫が息子に急に、『うちでは猫は飼えない。猫を飼ったら、おまえたちはごはんを食べられないんだよ』と言っているのを聞いて、私は大激怒。人でなしと夫に食ってかかりました」
息子も娘も大号泣、夫は「お父さんの言うことが聞けないのか」と大声を上げ、ついにマリさんは「あなたとは一緒にいられない」と夫に言い放った。
「ケンカしないでと息子が割って入ったりして、地獄絵図でしたね」
今も猫はマリさん宅にいる。夫が猫と顔を合わせないよう、夜と週末は息子と娘の部屋だけを行ったりきたりさせている。さすがの夫も、妻と子どもたちを泣かせていい気持ちはしなかったのだろう。黙っているが、あの日の夫の冷たさをマリさんは忘れない。
猫にかかる費用は、マリさんのパート代から出しているという。







