
地震は、日常を大きく変えてしまう出来事です。体験のショックからすぐに立ち直れないのは、決して不自然なことではありません。
無事に避難できてからも、なかなか眠れない、小さな物音にも体がこわばり、ふいに涙がこぼれてしまう、家族につい強く当たってしまう、といったさまざまな形で、心のダメージは現れます。子どもたちもまた、親から離れられなくなったり、夜泣きやおねしょをしてしまったりすることがあります。
震災後は体のケアだけでなく、心のケアも重要です。震災後に表れやすい心の変化と、周囲の人ができる支え方を児童精神科医の経験から解説します。
震災後の心の不調は自然な反応。慌てず、生活の基盤を整えることが第一
まず知っていただきたいのは、不安、不眠、頭がぼんやりする、当時の記憶がよみがえって動悸がする、理由もなくイライラするといった状態は、命の危険を感じた体が今も必死に警戒を続けているからこそ起こる「自然な反応」だということです。
「早く立ち直らなくては」と焦る必要はありません。厚生労働省も、こうした心の揺れは時間の経過とともに徐々に和らいでいくとしています。早く元気を出そうとしたり、忘れようと無理をしたりする必要はないのです。
ただし、「自然な反応だからそのまま放置していい」ということでもありません。無理をして心を治そうとするのではなく、まずは身の安全、食事や水分、必要な薬、十分な睡眠、正確な情報、そしてほんの少しでも自分らしくいられるプライバシーの守られた空間や時間を確保することが大切です。実は「生活の基盤を整えること」こそが、何よりのメンタルケアになることが分かっています。
次に、被災してしまった方の心の回復を助けるために、サポートする側の人ができることをご紹介します。
大人の心の不調への対処法:体験を聞き出すより「困りごと」を一緒に減らす
WHO(世界保健機関)が推奨する「心理的応急処置(PFA)」では、被災時の体験やそのときの気持ちを無理に聞き出すことは勧められていません。本人が自ら話したいときは途中で遮らずに耳を傾け、話したくないときはその意思を尊重することが大切です。
具体的には、「地震のとき、どう感じましたか?」と詳しく尋ねるよりも、「いま一番困っていることは何ですか?」「話したくないときは、無理に話さなくて大丈夫ですよ」「一緒に少し休める場所を確認しましょう」と声をかけるほうが、心の安全、心の助けにつながります。
「頑張って」「考え過ぎですよ」といった安易な励ましや声かけは避けましょう。「眠れないのは本当につらいですよね」と相手のつらさをそのまま受け止め、いまできる具体的な選択肢を示すことが大切です。眠れない夜も、「横になって体を休めるだけでも大丈夫」と伝えることで心が軽くなります。
なお、不眠がつらそうな場合は、医療スタッフへ相談するよう促しましょう。睡眠薬を自己判断で増減したり、お酒に頼って眠ろうとしたりしていないかは注意が必要です。スマホを見る時間を少し区切ってもらう、朝に顔を洗うように伝える、誰かと一緒に食事をとってもらうといった、小さな「いつもの日常」から取り戻していくことが、有効な心のケアにつながります。
子どもの心の不調への対処法:「困った行動」は不安を伝える言葉
子どもは、自分が感じている恐怖や不安をうまく言葉で説明することができません。そのため、理由が分からないままイライラしたり、急に無口になったり、頭痛・腹痛などの「行動や体調の変化」があらわれることがよくあります。赤ちゃん返り、おねしょ(夜尿)、大人への激しいしがみつき、大人を困らせるような言動など、大人の注目をひくための試し行動や問題行動が見られるのも特徴です。
こうした言動に対して、「わがままを言わないの」「もう大きいんだからしっかりしなさい」と叱るべきではありません。日本ユニセフ協会は、こうした一時的な変化は、身近な大人とのつながりを確認しながら不安を乗り越えようとする自然な反応、すなわち回復過程であると説明しています。
声をかけるときは、「怖かったね」「今は一緒にいるから大丈夫だよ」「大人たちが安全をしっかり確認しているよ」と、短く穏やかな言葉で安心感を与えてあげてください。もし分からないことを聞かれたら、無理に「絶対に大丈夫」と嘘をつく必要はありません。「まだ分からないけれど、分かったらすぐに教えるね」と誠実に伝えるだけで十分です。
また、できる範囲で「食事、歯みがき、着替え、就寝」といった日々のルーティンを保ち、安心して遊べる時間や場所をつくってあげましょう。ニュースなどの被災映像を繰り返し見せない配慮も重要であることが分かっています。なお、子どもが地震の絵を描いたり“地震ごっこ”をしたりすることがありますが、これは体験を消化し、気持ちを整理する回復過程でもあります。危険がない限り、すぐにやめさせず静かに見守ってあげてください。
東日本大震災の際、現地で子どもたちと向き合った筆者を含む心の支援者の多くが感じたのは、子どもは体験した恐怖を遊びの中で表すことがあるという点でした。災害のあとに子どもが、「積み木を崩しては『地震だ』と言う」「逃げる場面を何度も繰り返す」といった地震の再現ごっこをするのは、珍しいことではありません。怖かった体験を自分なりに整理しようとする反応だと理解されています。象徴的な遊びや再現遊びを通して、子どもは言葉にしにくい体験を表し、気持ちを調整しようとするのです。
また、忘れないでほしいのは、大人自身が休むことも、大切な子どもへのケアの一部であるということです。大人が限界まで我慢してしまうと、子どもの変化を抱きとめる心の余裕がなくなってしまいます。「自分がしっかりしなければ」と一人で抱え込まず、子どもの見守りや食事の準備などは周りの人に支援してもらいましょう。
みんなもつらいのに私だけ楽してはいけないと考えるのではなく、片付け、物資整理、子どもの見守りなど、できる範囲で「役割」を持てると、無力感や孤立感が軽減されることが分かっています。復興庁も災害時の「生きがいづくり」「コミュニティ形成」の支援を重視しています。
こうして大人が自分自身を支えることが、結果としてそのまま子どもを支えることにつながります。
我慢や様子見は禁物! すぐに専門家につなげるべきサイン
大人であっても子どもであっても、我慢してはいけない、我慢させてはいけない「危険なサイン」があります。もし、以下のような様子が見られたら、様子を見たり一人で抱え込んだりせず、すぐに専門家に相談してください。
- 「消えてしまいたい」「生きていたくない」などの発言や自傷行為がある
- 強い興奮や混乱が見られ、気持ちが全く落ち着かない
- 何日もほとんど眠れていない、あるいは食事がほとんど喉を通らない
また、震災直後は大丈夫そうに見えても、時間が経つにつれて症状が重くなってきたときや、数週間が経過しても生活に大きな支障が続いているとき、もともとの持病や特性がつらくなっているときも支援が必要となるタイミングです。とくに子どもの心の影響は忘れた頃に表に出ることも多いため、あせらず長く見守っていきましょう。
がんばり過ぎず、避難所の医師や看護師、保健師、巡回している「心のケアチーム」や「DPAT(災害派遣精神医療チーム)」、または、かかりつけの小児科・精神科へ相談してください。
もし本人から命にかかわる訴えがあったり、激しい混乱、心の高ぶりが見られたりするときは、まずは寄り添い、絶対に一人にしないことが大切です。
今日できることは「何か一つで十分」です
心の回復には、個人差があります。うまく言葉にできない日があっても、ふと泣けてきてしまう日があっても、子どもが離れようとしなくても、どうかそれを「失敗」だと責めないでください。
- ニュースを一度消して、深呼吸する
- 誰かと一緒にご飯を食べる
- 子どもに「今は一緒にいるからね」と伝える
今日できることは、この中のどれか一つでも大成功です。無理をして一度にいくつもこなす必要はありません。
被災されている方も、支援やケアに奔走されている方も、本当に張り詰めた緊張のなかで過ごされていることと思います。どうか心まで一人で守ろうとせず、周りの人や支援の場に、遠慮なく頼ってくださいね。
■参考文献
1.厚生労働省.こころの健康を守るために.
2.復興庁.被災者支援.
3.Unicef.災害時の子どもの心のケア.
4.奥山純子,舩越 俊一,本多奈美.地震を経験した子どもの心理的問題についての文献検討.
児童青年精神医学とその近接領域 2016;57:183-194.
5.Mahiro Moriya,Nana Saito,Ayana Shikakura,et al. Exploring Children’s Mental Health during Natural Disasters in Japan: A Scoping Review.International Journal of Social Science and Humanity 2026;16:38-42.







