動物とのふれあいが子どもの成長に及ぼす影響とは?
今回は、犬の飼育が、特に自閉スペクトラム症(ASD)の子どもにどのような影響をもたらすのか、興味深い大規模調査から分かることをご紹介します。
犬の飼育はASDの子どもの発達にどのような影響を与えるのか
アイルランドの研究チームは、犬を飼うことが神経発達症(特にASD)の子どもの発達によい影響を与え、家族全体の幸福にもつながる可能性を、16の研究から明らかにしました。これまでにも、犬の飼育が、子どもの喘息や食物アレルギー、肥満のリスクを減らす可能性が報告がされていました。しかし、認知機能や社会性などの「言葉」「コミュニケーション」「心」の発達にどう関連するかは十分に分かっていませんでした。
そこで、神経発達症を持つ子どもにとって、犬を飼うことは本当によい影響があるのか、科学的検証を目的に進められたのが本研究です。医学系データベース(EMBASE, MEDLINE, Cochrane Library)から関連論文を網羅的に集め、18歳以下で家庭で犬を飼育しているなどの設定基準を満たす16本を分析し、子どもへの影響を系統的に検証されました。
犬との生活がもたらす多面的な効果……情緒・社会性・言語・運動によい影響
分析の結果、犬との暮らしが、子どもや家族に次のようなよい影響を与えていることが明らかになりました。1. 情緒が安定し、社会性が育ちやすくなる
16本中14本の研究で、犬を飼うASD児の情緒が安定しやすくなったと報告されました。また、他者との社会的な関わりが改善したケースもあります。犬との安定した関係が、安心感につながったと考えられます。
2. 認知・言語能力の発達を後押しする
7本の研究で、認知機能や言語の発達が向上したと報告されています。犬に話しかけたりお世話をしたりする自然な関わりの中で、子ども本来の力が引き出されるのかもしれません。
3. 身体能力(粗大運動・微細運動)が向上する
遊んだり、エサやりや散歩などの犬の世話をしたりする中で、身体の使い方が発達するという報告もありました。身体を動かす能力(粗大運動)や、手先の器用さ(微細運動)の向上が見られたそうです。
4. 家族のストレスが軽減される
さらに6本の研究では、犬の存在が家族関係をよりよくし、保護者の不安やストレスも軽減する効果が示されています。実際に保護者の唾液中コルチゾールが低下したという客観的データもあります。
児童精神科医として考える、犬との暮らしがもたらす「学び」と「安心」の効果
本研究から、犬を飼うことは、薬を使わない支援(非薬理学的介入)の1つとして、ASDの子どもたちの総合的なケアに非常に役立つ可能性が示唆されました。犬は言葉ではなく、アイコンタクトやしぐさなど、非言語的な手段で気持ちを伝えます。このやりとりを通して、言葉に頼らないコミュニケーションの重要性を自然に学び、他者の感情を理解する練習になると考えられます。言葉・コミュニケーションに困難を抱えるASDの子どもが、自分の気持ちを表現したり、他者との交流を深めたりするきっかけになると言えるでしょう。
研究では、言語・コミュニケーション能力、ストレスの軽減とリラックス効果、運動面、社会性の発達を促すといったよい結果が明らかになっています。筆者も、犬と暮らすことは責任感、自立心の育成やさまざまなものに触れるなど感覚過敏の緩和にも効果があると考えます。
実際に、筆者自身もASDの子どもの診療において、犬との生活を始めたことでコミュニケーション能力が伸び、言葉の獲得に寄与したと考えられるケースを多く経験してきました。
また、動物介在療法の1つである「イルカ介在療法(Dolphin Assisted Therapy)」というものがあります。1970年代に米国で始まり、日本では1996年から研究が進み、2001年には常設プログラムも開始されました。
特に犬の行動は予測しやすいため、子どもたちが安心して関わりやすい点も特徴です。犬が気持ちをくんでくれると感じられることが、社会的スキルやコミュニケーション意欲の向上につながる可能性があります。
犬を迎える前に知っておきたい注意点と今後の課題
一方で、研究チームはいくつかの注意点にも触れています。- 16本の研究は方法や評価尺度が異なり、単純比較が難しい
- ほとんどがASDの子どもを対象で、他の発達障害にも当てはまるかは不明
- 犬を飼う上で、動物アレルギーの問題・時間・費用・しつけなどの責任も伴う
■参考文献







