日本流の進め方があだとなった
ところが、その先輩が海外に赴任してから半年後に急きょ帰国したのだ。しかも帰国したはずなのに会社を休んでいた。風のたよりでは、近いうちに退職する予定だという。偶然にも念願だった海外赴任が決まったことはうれしかったが、河野さんは先輩の様子が気になっていた。しかし、引き継ぎや手続きなど準備に追われて余裕はなく、結局先輩に会うこともできずに、河野さんの海外赴任の日が来た。
現地に赴任する前には誰からも詳しい事情は聞けなかったが、到着後にローカル社員から少しずつ先輩の事情が聞くことができた。先輩は赴任後も、日本にいた時以上に勤勉に働いていたとのことだった。残業をする社員はほとんどいなかったが、先輩は毎日夜遅くまで残って仕事をしていたという。あまり英語が得意でなかったこともあり、一人で仕事を抱えこむことも多かった。そして、ある事件が起きたという。
ある日の夕方、工場で不具合が見つかり、その対応にローカルスタッフは奔走していた。当日中に対応できないことが分かったため、ローカルスタッフは上司にあたるその先輩社員に電話をした。ただ先輩は外出中だったためつながらず、代わりに留守電にメッセージを残して、翌日朝からの対応策を説明して終業時間になったところで帰宅した。
一方先輩は、外出先での仕事を終えた後、スタッフからの留守電メッセージに気付き、工場に急いで向かった。終業時間を2時間過ぎたあたりで工場に到着。そこで目にしたのは、発生したトラブルがそのままにされていることと、そして、その対策が当日中に取られていないことだった。そのまま先輩は深夜まで残業し、対応策を模索したが、実際は何も対策は取れなかったという。
翌朝、先輩はローカルスタッフを前に怒りをぶちまけた。なぜ対策を取らなかったのか、なぜ残業してベストを尽くそうとしなかったのか、すぐ諦めて帰宅したのは無責任ではないかなど、実際深夜まで残って対策を模索した自分の行動を例に挙げて、ローカルスタッフの無責任さを糾弾した。
しかし、この言動がローカルスタッフとの間に蓄積していた日々のわだかまりに火をつけることになってしまった。その場にいたすべてのローカルスタッフから「あなたとはいっしょに働けない」と言われたという。毎日一人だけ長時間労働を繰り返して、人の何倍も仕事をこなしている先輩の姿勢は、実は周りのローカルスタッフからは評判が悪かったのだ。
日本では、責任感の強さが上司から評価されていたし、多くの仕事をこなすことで会社へ貢献できているという自負もあった。ただしそれが海外の職場では異様な光景に映り、過剰な労働を奨励するかのような雰囲気をつくったり、人の仕事を奪っていると評価されたりしたのだ。
その場に適した進め方を見極めていく
就労意識や職場環境は国によって大きく異なる。その中でも日本人の働き方は、かなり特殊であるとみなされることは多いようだ。日本から海外に赴任する際、日本での働き方や価値観をそのまま海外に持ち込んだことで、失敗する人は少なくないだろう。日本の常識は世界の非常識と言われて久しいが、具体的にどのような日本の常識が世界の非常識に相当するのか、個別に確認しながら、その場に適した仕事の進め方を見極めていく必要がある。一方で、海外で経験したさまざまな働き方は、今後日本に輸入して新しい時代の働き方に改革するアイデアとして生かせる事例もあるかもしれない。
大切なのは、その場の状況や環境をよく観察し、そのうえで適した仕事の進め方を見極めていくことではないだろうか。