日本では、労働者の給料が30年間上がらないという不名誉な情報が広く共有されてきた。この時期は年功序列や終身雇用という日本型雇用の崩壊や転職社会の到来と時期が重なる。成果報酬や成功報酬という概念が、報酬制度に組み込まれるようになってからも年月が経過している。新卒相場に起きた大きな変化の先に見えてくる「新しい風景」を考察してみよう。
新卒給与の高騰は新卒採用減少につながるのか
近ごろよく報道されている新卒給与の上昇に関するニュースの多くは、実際は大企業の中でも業界のトップ企業に相当する人気企業の話が中心である。恩恵を受ける対象は限られているのだ。この傾向が他の中小企業に派生していくのか、もしくは世の中の新卒採用自体が拡大するのか、その点は未知数であり、世界基準に照らして考えれば今後新卒採用が減っていってもおかしくはない。そんな中、考えるべきは“日本型雇用の現実”である。これまで多くの企業で年功序列や終身雇用を前提にした給与制度や評価制度が導入されてきたが、人材の流動化は進んでいる。若者世代を中心に短期間に新卒で就職した会社を辞めて、転職社会で生きていく選択をしている。転職することを前提に新卒で入る会社を選んでいる若者は多いのではないだろうか。
これまでの新卒は、安い初任給で時間をかけてゆっくりと会社に育ててもらってきた。会社にも、時間とお金をかける余裕があったとも言える。個人間の能力差やモチベーションの差、会社への貢献度の違いがあっても、これまでは若手人材の給料には正当に反映されることは少なかった。もちろん、今でもそうした安全培養の環境を好む若者がいないわけではない。
大手IT企業の富士通は、2026年度から新卒一括採用を中止すると発表した。新卒採用にジョブ型雇用(企業が従業員を特定の職務に基づいて雇用する形態を指す)を推進し、一律初任給を廃止するという。転職市場では当たり前とされる考え方が、業務経験のない新卒採用にも本格導入される。その理由は実に明快である。一言で言えば、「世界基準の新卒採用にシフトする」ということだ。
IT化の推進とAI活用、業務プロセス改革が新卒の仕事を奪っていく?
大学で学んできたことと社会人として会社が求める知識や経験との間に乖離が大きいのが、日本の大学教育の実態であるという指摘がされて久しい。果たして日本の大学教育は社会のニーズに合わせて改善できたのか、その評価はここでは省略するが、入社数年は続く定型的な業務はIT化の推進やAI活用、そして業務プロセス改革などで今後は減らすことができるだろう。そうなれば、企業も一括採用した新卒に対して多大なコストと労力をかけて行っている新入社員研修も不要になっていくのではないか。代わりに、学生時代にさまざまなインターン経験や仕事に使えるスキルを習得した新卒人材を対象にして、人数を絞って特定の職務向けに採用(ジョブ型雇用を導入)することが合理的ではないだろうか。実際、世界基準で見れば多くの国で新卒採用はジョブ型雇用であるし、一括採用もしていない。日本もその方向に舵を切る企業が増えていくのだろう。
前述した富士通の新卒採用における方針転換は、新卒の給料相場の高騰とセットで考えると分かりやすい。高度な専門性を持つ若手人材、大きな成果を出せる若手人材には、年収1000万円を超す処遇をして評価を顕在化させるというのだから、やる気があり、能力の高い若手人材には魅力的に映るに違いない。そしてその影響は、今後すべての世代に広がっていくことが予想される。
不遇な扱いを受けてきた就職氷河期世代はこれから
なお、初任給30万円超えの新卒も出てきている一方で、就職氷河期世代(バブル崩壊後、1993年~2004年頃に就職活動をした人たち)は自らの就職先の確保に苦労し、日本の失われた30年間と自身のキャリアがかぶる世代である。昇進や昇給のチャンスも少なかった世代だ。その世代が今、40、50代を迎えて会社では働き盛りの管理職となり、まさに新卒を含めた若手人材を指導し、評価する立場になっている。日本型雇用の崩壊を経験したうえで、新しい変化をけん引していく役割を担っているのが、これまであまり報われることが少なかった就職氷河期世代だというのだから、人生とは皮肉なものである。
日本の雇用環境は大きな曲がり角を迎えている。就職氷河期世代はさまざまな重要な決断を迫られている。管理職として、日本の雇用環境の未来が就職氷河期世代の判断に託されていると言っても過言ではないだろう。就職氷河期世代は今、どのような未来を見据えているのだろうか。
「ウチの会社に入りたいなら、ある程度の専門性や知識を身に付け、インターンなどで経験を積んでから門を叩くように」、そんな企業メッセージは、人材育成に時間と労力、コストをかけられない中小企業の間にこそ加速度的に広がっていく可能性もある。長きにわたって続けられてきた新卒一括採用は、すでに制度疲労を起こしているのだ。失われた30年から脱却するチャンスと捉え、企業も社員も雇用の適材適所を図り、そして会社への貢献度に見合った報酬の獲得に向けて積極的に歩みを進めていく時が来ている。
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