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「新たなサラリーマン増税か」退職金税制の見直しに物議…石破首相はいったい何を狙っている?

退職金税制の見直しと雇用の流動化を巡る議論が物議をかもしています。石破茂首相が掲げる退職金税制見直しの意味と雇用の流動化を促進するメリット、デメリットを考えてみます。※サムネイル写真:つのだよしお/アフロ

大関 暁夫

執筆者:大関 暁夫

組織マネジメントガイド

石破茂首相の「退職金税制の見直し」が、さまざまな議論を呼んでいます ※写真:つのだよしお/アフロ

石破茂首相の「退職金税制の見直し」が、さまざまな議論を呼んでいます ※写真:つのだよしお/アフロ

今国会での退職金税制と雇用の流動化を巡る議論が、話題を呼んでいます。1社に長く勤めれば勤めるほど退職金課税が優遇される現在の退職所得控除制度について、石破茂首相が「雇用の流動化を図っていかねばならず、慎重な上に適切な見直しをすべき」と発言して、これが「新たなサラリーマン増税か」とSNS上などで物議をかもしたのです。

石破首相はその後、「退職金課税の見直しを増税と結びつけない」と明言したものの、退職金税制の見直しと雇用の流動化促進については引き続きその必要性を強調しました。
 
<目次>
 

退職金税制の見直しと雇用の流動化

石破首相は、現状の退職所得控除制度について、これを問題視する声が多いとしています。現在の退職所得控除額は、勤続年数が20年以下の場合は40万円×勤続年数となっているのに対して、勤続年数が20年を超えると20年分の800万円にプラスして1年働くごとに70万円が控除額に加算されていくというものです。

仮に大卒22歳で就職し定年の60歳まで38年間勤め上げた場合には、退職金の課税対象からの控除額が40×20+70×18=2060万円に上る計算になるのです。すなわち転職が当たり前となった今、長く勤めれば退職金の税制面が有利に働くのは公平ではない、という働く人たちの声は確かにありそうなのです。

わが国は戦後復興に向かう急激な経済発展の中で、大手企業が続々新卒の大量採用をかけていきました。そして採用した人材の囲い込みを図るべく、退職時に長年の勤務の労をねぎらう退職金を用意する終身雇用制度を採用することで、転職しにくい環境が出来上がったのです。

同時に組織のまとまりを重視し企業文化を守る観点からも、大手企業は定期中途採用を原則しない方針が一般的になります。これにより人材、特に高学歴などの優良人材は固定化を余儀なくされ、また転職市場が著しく小さかったがゆえに雇用の流動化はないに等しいという、至って日本的な雇用環境がつくり上げられたのです。

ところが、日本経済は高度成長からバブル期を経て一転、1990年代以降低成長に移行したことから、早期退職なども増えて旧来の日本的な雇用環境は徐々に崩れ、緩やかに雇用の流動化が進むことになりました。

こうした中で、優遇税制がいまだに終身雇用を前提としたままでいいのか、むしろ雇用期間が短い転職者にも同じ対応をするべきではないのかという議論はあって当然かもしれません。首相は「雇用の流動化と退職金というものを論理として結びつけることはしない」とは言っていますが、転職者が不利にならないような退職金税制の見直しが、首相が熱望する雇用の流動化促進の一助になることはありそうです。

では、石破首相がたびたび熱く語る雇用流動化促進に、どのようなメリットを見いだしているのでしょうか。雇用流動化が進んだ2000年以降の流れから、探ってみましょう。
 

首相最大の狙いは

まず、労働者サイドからのメリットですが、何より終身雇用が中心だった時代の就職先の選択失敗リスクは大幅に軽減され、自己に向かない企業に就職してしまった際のやり直りもしやすくなった点は、大きなメリットであるでしょう。

さらに転職を通じてさまざまなキャリアを自己の意思で経験することによる、スキルアップやノウハウの蓄積も挙げられます。また転職によってさまざまなキャリアを積んだ人材は、単に中途採用市場をにぎわすだけでなく自ら起業するというケースも多くなり、経済的な面からの社会貢献や新たな雇用機会の創造にもつながるという社会的メリットをももたらすと考えられます。

一方、企業サイドのメリットもあります。より多彩なスキルを備えた優秀人材が増した市場から自社が欲しい人材の獲得がしやすくなり、中途採用を通じて即戦力的な適材適所運用が可能になります。同時に、新卒採用から中途採用重視への移行によって、最大の教育コストである新人教育費用をはじめ、各種研修コストを抑えることが可能になるというメリットも見込めるでしょう。

また、終身雇用を雇用前提としないIT系をはじめとした新興企業などでは、退職金制度を設けないという経営方針も一般化しつつあります。この動きが広がればこの先大手企業でも退職処遇コストの大幅削減により、削減した資金を新たな事業投資に回せるというメリットを享受できるかもしれません。

労働者個人のメリットもさることながら、最終的には企業メリットが大きく、ひいては経済成長面からもメリットを見込める。首相最大の狙いは、ここにあるのではないでしょうか。
 

注視すべきデメリット

一方で、注視すべきデメリットもあります。労働者サイドからは、雇用流動化の進展で公的年金とともに老後資金の重要な役割を担ってきた退職金が、なくならないまでも雇用流動化による転職回数の増加などで大幅に目減りすることになれば、それに代わる資金を労働者自身が計画的に作る必要が出てきます。新NISAやiDeCoは若年層が老後資金を計画的に作る国の支援策ではありますが、旧来の退職金の代わりになるものではありません。

もちろん、定年が視野にある労働者にとっては、退職金制度が廃止や縮小されるような動きが加速すれば、その老後生活を脅かすことにもなりかねません。人生100年時代においては、引き続き老後資金として退職金が担う役割は決して小さくないからです。

企業サイドとしてのデメリットもあります。採用の軸足を中途採用に置くようになると、若手育成に力が入らなくなり生え抜きの若手が育ちにくく、ある意味で一時雇われの外国人部隊が戦力の中心を占めることとなります。そうなると、企業文化が浸透、継承しにくくなるなど、組織としての一体感を醸成することなどに影響が出る恐れがあると考えます。

また、中途採用でより良い人材を採用するためには、外部機関を利用するなどのコストが非常に高く、採用コストが大幅に上昇するという点も見逃せないでしょう。

このように首相が強く望む雇用流動化促進のメリットは確かに認められますが、退職金に代表される昭和由来の社会制度や人生設計の常識は根深く残っており、国としてこれを性急に進めることには一般国民におよぶリスクも感じられます。雇用流動化促進策は、雇用側である民間企業との協議や働く側である労働者の意見も聞き入れながら、補完的な政策対応を含め慎重な対処が肝要なのではないかと思うところです。
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