そもそも利用者数(荷物)に適したスペースが設けられていないという問題もありますが、本来置いてはいけない場所に荷物を置いてしまう人がいるのも事実です。限られた場所を占有してしまう人の心理と、そんな場面に遭遇してしまったときのモヤモヤの解消法について考えてみましょう。
荷物置き場のルールを知らない人も
新幹線への大きな荷物の持ち込みと荷物置き場の使用にはルールが設けられていることもあります。例えば東海道、山陽、九州、西九州新幹線では、3辺の合計が160cm超250cm以内の荷物は“特大荷物”と呼ばれ、事前に「特大荷物スペースつき座席」または「特大荷物コーナーつき座席」の予約が必要です。予約せずに特大荷物を持ち込んだ場合は、手数料1000円(税込)を支払わなければいけません。ただし、スポーツ用品・楽器・車いす・ベビーカーなどは、そのサイズに関わらず事前予約は不要とのこと。このルールを見たときに、皆さんは事前予約が必要だと感じるでしょうか。それとも「最悪当日1000円払えばいいし、大丈夫かな」と思ってしまうでしょうか。
また座席上にある荷物棚は、自分の席の上だけを使うという暗黙知があると思いますが、荷物が多いときは空いている他の場所を使っても良さそうな雰囲気があるかもしれません。ただ、その“空いている”という認識についても差があり、「荷物棚を使っていいか一声掛けて確認する」のがマナーだと考える人ばかりではなさそうです。
限られた場所を占有してしまう人は、大きく以下の3つのタイプに分けられるでしょう。
1:ルールがあるのさえ知らなかった
2:ルールが曖昧なので迷惑な行為だという認識がなかった
3:ルールは知っているが周囲の監視が少なければやってしまいたい
1はルールの周知を徹底したり、外国人観光客でも分かりやすいよう多言語対応したりするといった対策が良さそうですが、2と3についてはどうでしょうか。
心理学で解説! ルールが曖昧なときに私たちが取りやすい行動
私たちがどのような行動を取るかに影響する、暗黙のルールや期待のことを心理学では「社会的規範」といいます。社会的規範は、個人の行動や判断に強い影響を与えます。例えば、同調:他者と同じ行動を取ろうとする心理
(例:みんなが予約せずに荷物を置いているから自分も予約しない)
社会的制裁:ルールに違反した人に対して批判したり罰を与えたりする
(例:荷物置き場を占有しても注意されない)
モデリング:他者の行動を観察して学習し、同じように行動する
(例:荷物置き場を占有してしまう人がいるので自分もやっていいと思う)
などが挙げられます。
疲れを感じたり時間に追われたりする旅行中は、自分の快適さや利便性を優先し、他者への配慮が欠けてしまうことも起こりやすくなります。他者視点で考える余裕がなくなってしまうことで、心理学でいうところの「自己中心性バイアス」が働きます。自分が困らなければそれでいいといった行動を取りやすくなるのもこれが関係していると思われます。
また、荷物置き場のスペースが限られているからこそ「取らなければ損する」という心理に駆られてしまうというのも迷惑行為を働いてしまう要因の1つ。これは進化心理学でいう「資源確保の本能」に近いものです。「先に置かなければ」という焦りも、大きな荷物で場所を占拠する行動につながりやすいことを知っておきましょう。
どのような状況でも、私たちには抑止力があるはずです。しかし、普段は「人に迷惑をかけたくない」と思っている人でも、スペースがない状況で荷物を置かざるを得ないとき、「これくらいは大丈夫」と自分を正当化したくなります。
一方で、そのような迷惑行為を見ている側が、「悪い」と思っているのに「仕方ない」という気持ちになってしまうことも。このような状態のことを心理学では「認知的不協和」といいます。私たちは心の中の不協和を解消したいので、「これくらいは、大した迷惑ではない」と他人の迷惑を過小評価する心理が働きやすいのです。
こうしてみると、ルールが曖昧な荷物置き場での占有は、起きるべくして起きるトラブルのように見えます。では、このような場面に遭遇してしまったとき私たちはどのように対処して心のモヤモヤを緩和すればいいのでしょうか。
平穏な対処と心のモヤモヤ解消法はあるのか
荷物置き場が占拠されていて、自分の荷物が置けない。そんなときは、基本的には乗務員に伝えて対応してもらうのが良いでしょう。相手が単純にルールを知らなかった人の場合には直接伝えても問題ないと思いますが、旅の疲れや焦りにさらされている場合や、自分を正当化しているケースを考えると、建設的な会話が成り立ちにくい可能性も考えられます。開き直りのような態度を取られるとこちらも感情的になってしまいがちですので、基本的には乗務員から伝えてもらうのが良いでしょう。
「なぜわざわざ自分が乗務員を呼びに行かなければならないのだろう」「注意された人がイライラしてこっちを見てくる」など、心のモヤモヤに対する解消法や予防法も知っておきたいかと思います。
いくつか効果のありそうなものを挙げておきますので、自分に合いそうなものを試してみてください。

迷惑な人がいることも想定して荷物をコンパクトにしておくのも効果的
荷物の置き場に困らないよう、荷物をコンパクトにまとめておけば迷惑な人に遭遇してしまったときでも焦りを減らせます。心理学では、“自分でコントロールできる感覚”があるとストレスが軽減されるといわれています。荷物をコンパクトにするのは旅の疲れを軽減するという意味でもおすすめです。
・視点の切り替え
「迷惑な行為」と決めつけてしまうと「自分が正しいのに、なぜ?」という気持ちになりがちです。モヤモヤしたときには「あの人は疲れているのかな」「正当化をしてしまっている状態なのかな」と想像してみてください。認知行動療法などでも使われる方法で、ネガティブな感情を中和し、イライラを減らす効果が期待できます。
・正しい行動をしている自分を認める
慣れない旅などでは、ルールを守るのが当たり前にできないこともあります。そのような状況でも、ルールを守っている自分を褒めましょう。「自分はきちんとできている」という肯定感は心に余裕をもたらしてくれます。他人の行動に対して必要以上に感情的にならず、文化的背景や状況を考慮できるのは、素晴らしいことです。そんな自分を意識することで、ニュートラルな心の状態を保ちやすくなります。
新幹線の荷物置き場問題は、スペース不足だけでなく、人間の認知バイアスや社会的状況が絡み合った結果です。迷惑行為をする側にも無意識の心理が働いていると考えて、ストレスを減らすことに注力してみてはいかがでしょうか。モヤモヤは最小限に、快適な移動ができますように。
<参考>
JR東海「東海道・山陽・九州・西九州新幹線への特大荷物のお持ち込みについて」