作品賞|a new musical 『ヴァグラント』
2023年の上演作の中でも、日本のオリジナル・ミュージカルの新たな可能性を印象付けたのが、新藤晴一さんの初ミュージカル作品(プロデュース、原案、作詞、作曲)である本作。大正時代の炭鉱の町を舞台に、名もなき人々が新たな時代を切り拓いて行くさまを、多彩な楽曲を織り交ぜながらスリリングかつエネルギッシュに描くエンターテインメントです。搾取に苦しむ炭鉱夫たちに権力者、癒着で利益を得る者、しがらみに苦しむ人々。さまざまな人々がひしめく町に、流浪の英雄が現れる……というのが大まかなプロットですが、主人公の佐之助は“マレビト”という芸能の民。表現者としての誇りを持ち、人一倍、人間にも興味があるが、被差別民でもあり、人間が怖い……という複雑な人物像が、物語に独自の生々しさと奥行きを与えています(演出・脚本=板垣恭一さん)。
民謡風レゲエにラップなど、豊かな音楽的ボキャブラリーを駆使した、新藤さんの楽曲も大きな魅力。キャッチーであるばかりでなく、サビで抉(えぐ)るように半音を下げ、主人公の苦悩を際立たせるなど、ディテールの“巧さ”が光ります。 ハイライトの一つが、2幕冒頭で一同が100年後の人々、つまり観客に向かって“あなたたちはどう生きているか”と、スケール感たっぷりの曲調に乗せダイレクトに問いかけるナンバー「あんたに聞くよ」。口語体の歌詞も染み入りやすく、佐之助たちのようにかつて手探りで時代を切り拓いたであろう、それぞれの先祖に思いを馳せてみたくもなるナンバーとなっています。
佐之助役の平間壮一さん、廣野凌大さん(ダブルキャスト)はじめ、適役揃いのキャストも躍動。炭鉱の町の物語は一つの結末を迎えますが、佐之助と姉貴分・桃風の“旅の続き”も気になるところとあって、シリーズ化も期待される快作です。 【動画】新藤晴一さんスペシャル・コメント
新藤晴一さんによるスペシャル・コメント動画では、ミュージカルに挑んだきっかけや創作エピソードがたっぷり語られていますので、ぜひご覧ください。
再演賞|『ジェーン・エア』
幼くして孤児となったヒロインが、過酷な少女時代を経て自立を目指すが……。C・ブロンテの小説を1996年に舞台化、世界各地で上演されてきたミュージカルが、11年ぶりに日本で上演。ジョン・ケアードさん(『レ・ミゼラブル』オリジナル版演出)が年月をかけて練り上げてきた演出と、卓越したキャストが出会い、心ゆくまで“演劇の醍醐味”を味わわせる舞台が生まれました。
ステージ上にあるのは、イギリスの曇天を思わせる、鈍い光に包まれた荒野。「私の名前はジェーン・エア」というセリフを皮切りに、俳優たちがジェーンの半生を再現し始めます。
ナレーションは特定の一人ではなく、皆が順繰りに担当。ジェーンの物語が“皆の物語”として共有され、場内には親密な空気が立ち込めます。また複数の役を兼ねる俳優たちの的確な演じ分けと全員の“阿吽の呼吸”のチームワークが、濃密でありつつ円滑なストーリー・テリングを実現しています。 さらに今回、注目を集めたのが、ジェーンと親友のヘレンを、二人の俳優が回替わりで演じるという趣向。ヘレンは序盤で夭折しますが、彼女が説いた“赦し”はジェーンの心の奥底に眠り、後年、重要な局面で影響を与えます。ある日は上白石萌音さんがジェーン、屋比久知奈さんがヘレンを演じ、またある日はその逆。こうした“演じ合い”が、信頼感に満ちた二人の演技も相まって、ジェーンとヘレンの、生死を超えた魂の絆をいっそう際立たせています。
終幕にはその絆が、慎ましくも幸福な光景の中で可視化。弦楽器の繊細な響きを活かしたクラシカルな楽曲(作曲=ポール・ゴードンさん)も耳に優しく、長く余韻の残る舞台となりました。
スタッフ賞|ポール・ファーンズワース(『太平洋序曲』美術)&田中和音(『ジル・ド・レ~吾輩は娼館の蚤である~』音楽)
米国のクリエイターたちが作り上げた“日本の開国物語”のミュージカルを、英国・日本のスタッフのもと、日本人俳優たちが演じる――。多方面からの視線がクロスした『太平洋序曲』2023年公演で、“日本”と“西洋”の美の融合を実現し、公演の象徴的存在の一つとなったのが、ポール・ファーンズワースさんによる舞台美術です。“波”を抽象的かつミニマルに表現した装置は、木目を見せていることであたたかみを醸し出し、開国前の日本社会の“素朴さ”を示唆するかのよう。やや上手寄りには丸く切り抜かれた広重の浮世絵(冨士三十六景)が浮かび、ペリー来航のくだりでは、これ以上ない“借景”として機能しています。また、武士の妻のシーンの痛ましさを和らげる、“幕”ほどの長さの布を使った絵画的な空間構成も効果的。
同じくファーンズワースさんが担当したロンドン公演では、“日本=黄金の島”という、かつて西洋が抱いた日本のイメージが補強されたデザインとなっており、一連の公演は日本人にとって客観的に“日本”をとらえ得る、貴重な機会となりました。 日本では新作ミュージカルをはじめから本公演として上演することがほとんどですが、海外で少なからずとられるのが、まずトライアウト(試演)を行って観客のリアクションをうかがい、さらにブラッシュアップを施して本公演を行うという形式。今回、このトライアウトで高い完成度を見せたのが、第一次大戦下のパリを舞台に、“一年しか生きられない蚤”の切ない恋を描くミュージカル『ジル・ド・レ~吾輩は娼館の蚤である~』の音楽です(舞台の一部抜粋動画は以下)。
【動画】『ジル・ド・レ~吾輩は娼館の蚤である~』一部抜粋
ファーンズワースさんと田中和音さんから、創作のエピソードや舞台美術/舞台音楽に興味のある方々へのアドバイスなど、スペシャル・コメントをいただいています。
ファーンズワースさんコメントはこちら>>
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主演男優賞|浦井健治(『キングアーサー』)
中世以来、ヨーロッパを中心に幅広い文化に影響を及ぼしているアーサー王物語が、『1789-バスティーユの恋人たち』などで知られるドーヴ・アチアさんの手でミュージカル化。キャッチーなロック・サウンドとダイナミックなダンスで魅了しつつ、裸の感情が激しく衝突する人間ドラマの芯を力強く担ったのが、タイトル・ロールを演じた浦井健治さんです。運命に導かれて王となる序盤では明朗快活な青年を弾むように演じ、戦乱の中で国を率いる中盤ではリーダーとしての頼もしさ、そして姉モルガンの憎悪や王妃グウィネヴィアの裏切りにあう後半は、一人の人間としての苦悩とその克服を、確かなセリフ術で表現する浦井さん。終盤には、人生の悲哀を知ったアーサーが“ただ民のために生きよう”と心に決める過程を、風格すら漂わせながら描き出します。客席を民に見立てるような演出もあいまって、彼が幕切れに歌うナンバー「この国の民のために」は、“真の王”が誕生する瞬間として、荘厳な余韻を残しました。
主演女優賞|屋比久知奈(『ジェーン・エア』)
C・ブロンテの長編小説を舞台化したミュージカルの11年ぶりの日本公演で、上白石萌音さんとのダブルキャストでタイトル・ロールを演じたのが、屋比久知奈さん。遠い時代、遠い国の物語であることを感じさせず、自分の生きる道をひたむきに模索するヒロインの内面をヴィヴィッドに歌声に乗せ、あますことなく客席に届けました。とりわけ強い印象を残すのが、激情のほとばしるナンバー。1幕中盤で養育院を去る決意を歌う「自由こそ」では、燕のように自由に飛び立ち、しきたりを破り捨て、男性同様に志を持って生きよう……と溢れ出す思いを、ダイナミックに歌唱。2幕序盤でロチェスターへの思いを断ち切るため、令嬢と自分を比較する「ふたりのポートレート」では、美醜という世間の価値観に振り回される自身への嘲笑を、半ば投げやりに吐露。理性では制御しがたい感情に戸惑うさまが人間らしく、共感を誘います。
そんな屋比久ジェーンが最後に選ぶ、一本の道。踏み出すのは怖い、けれど勇気を持って進もうとするその姿、その声には微塵も嘘が無く、深い感動を呼び起こしました。
助演男優賞|上川一哉(『ムーラン・ルージュ! ザ・ミュージカル』)、こがけん(『バンズ・ヴィジット 迷子の警察音楽隊』)
客席空間に張り出した目を奪うオブジェ、19世紀から21世紀までの多彩な楽曲をマッシュした音楽など、一つ一つの要素に驚嘆の声があがった大作『ムーラン・ルージュ! ザ・ミュージカル』。1899年のパリを舞台に、アメリカ人青年と花形スターの悲恋を描く物語で、トゥールーズ=ロートレックとしてボヘミアンの気骨を(上野哲也さんとのダブルキャストで)体現したのが、上川一哉さんです。モンマルトルにやってきたクリスチャンとともに新作ミュージカル・ショーを作ろうとするロートレックは、貧しくとも自由な人生を謳歌しながらも、自分は“欠陥品”だからと愛する人への告白を諦めた過去があり、だからこそ恋に一途なクリスチャンが眩しい。挫けそうな彼を励まし、自身は権力者にも臆せず対峙し芸術家の矜持を貫くロートレックを、上川さんは全身にバイタリティをみなぎらせ、表情豊かな歌声と台詞でしなやかに演じ、絢爛豪華な舞台に確かな厚みを加えました。 イスラエルに招かれたエジプトの警察音楽隊が、地名の聞き違えにより辺ぴな町に辿り着く。バスの便は翌日まで無く、一行は食堂の女主人、ディナの手配で町の人々の家に分散、一夜を過ごすことになるが……。
かつての敵国同士の人々の思いがけない国際交流を描き、2018年のトニー賞を席巻した作品『バンズ・ヴィジット』の日本初演で“ナイス・サプライズ”をもたらしたのが、芸人のこがけんさんが演じた“電話男”です。
町のあちこちで交流が進行するなか、公衆電話の前でかれこれ1カ月、恋人からの電話を待ち続ける彼。“何も起こらない町”を象徴するかのように、待つこと以外なすすべを知らないエキセントリックな男を、こがけんさんはお笑いに傾くことなく、真剣に表現。町が眠りにつくころ、「ここにいるよ」「どうか声を聴かせてよ」と心の叫びを吐露するくだりで、まっすぐな歌声を通して“誰かと繋がることの奇跡”に思いを馳せさせ、まさに“キャスティングの妙”を体現しました。
助演女優賞|彩乃かなみ(『カラフル』)
ある事情で亡くなった“ぼく”の魂が、“セカンドチャンス”として、自殺を図った中学生、真(まこと)の体にホームステイし、修業する。彼の抱えていた問題に向き合ううち、“ぼく”はある真実に辿り着き……。森絵都さんによるヤングアダルト小説の名作を、小林香さんの脚本・作詞・演出でミュージカル化。思春期の少年と周辺の人々の思いが交錯するなかで、次々に習い事に手を出しては自分を見失って行く真の母を演じたのが、彩乃かなみさんです。
子どもからすれば常に頼れる存在であってほしいのに、真の母は“平凡な自分のまま死んでいく”ことを呪い、教室通いをしては挫折を繰り返す。中盤の壮絶なソロ・ナンバーで、親もまた不完全な存在であることを、赤裸々に告白する母。「悔いています」というその言葉が子どもに届くよう願わずにはいられない、彩乃さんの全身全霊の演技が、強い印象を残しました。
ベストカップル賞|今井清隆&白木美貴子(『星の数ほど夜を数えて』)
プラネタリウムの解説員をしていた妻が、認知症を発症。40年間連れ添ってきた夫は献身的に介護するが、彼女の記憶は少しずつ抜け落ちて行く。“もしあなたのことがわからなくなったら、私を施設に入れてほしい”と、妻は夫に頼むが……。一組の夫婦の最終章を描く、劇団TipTapの最新作(作・演出=上田一豪さん)。容赦なく症状が進む過程をリアルに描きつつも、夫婦の“星空への思い”を随所に差し挟み、ロマンティックな風合いも感じさせる本作で主人公夫婦を演じたのが、今井清隆さんと白木美貴子さんです。
妻の記憶が少しでも長く保たれるよう奮闘する夫を、力強く演じる今井さん。“自分が消えて行く”恐怖から、時には夫に八つ当たりをしてしまう妻を、知的なオーラで演じる白木さん。夫が妻の心情を受け止めた後、無言で彼女の髪をとかし、身づくろいを行う光景からは、互いへの信頼と“覚悟”が確かに感じられ、二人の円熟の演技は満天の星空のもと、観る人々の記憶に深く刻み付けられました。
新星賞|三浦宏規(『赤と黒』)
“日本のミュージカルの未来を託したい若手”として今年フォーカスしたいのが、2.5次元ミュージカルで頭角を現し、『レ・ミゼラブル』『グリース』『のだめカンタービレ』など、立て続けに話題作に出演している三浦宏規さん。芝居のセンス、歌、ダンスと三拍子揃った逸材ですが、中でも幼少期から培ったクラシック・バレエは群を抜いており、近年、日本では歌がメインのミュージカルが多く上演される中で、“ダンス・ミュージカルの復権”を担う存在として、大きな期待が寄せられています。
フランス文学史上最も有名な主人公の一人、ジュリアン・ソレルを演じた『赤と黒』では、長編小説を疾走感豊かに凝縮したドラマで“野心家”というより、運命的な恋によって身を滅ぼしてゆく純朴な青年像をひたむきに体現。フレンチ・ロックに乗せて激情を叫ぶナンバーでも、自然に指先まで神経が行き届き、悲劇的な役柄に相応しい“美”が生まれていました。
最新作の『ナビレラ』では、バレエ・ダンサー役で自身の経験を存分に活かしている三浦さん。今後さまざまな演目との出会いを通して、例えばフレッド・アステアとも、アダム・クーパーとも違う、三浦さんならではのダンス・ミュージカル・スターの道がどう切り拓かれていくかが注目されます。
【動画】三浦宏規さんスペシャル・コメント
三浦さんにとっての『赤と黒』の思い出や今夏開催するコンサートの構想、ミュージカルへの思いなどが語られていますので、ぜひご覧ください!
アンサンブル賞|『エルコスの祈り』『クレイジー・フォー・ユー』
劇団四季の層の厚さが改めて示される形となったのが、上記の2作品。徹底的な管理教育を行う学校に派遣されたロボット“エルコス”が、逆に子どもたちの個性を引き出してゆくファミリー・ミュージカル『エルコスの祈り』には、生徒役でフレッシュな若手が多数出演しています。“揃ってはいるが個性が感じられなかったダンス”が“一人一人が輝くダンス”に移行して行くことで、エルコスの影響を鮮やかに見せつつ、芝居においては彼らがエルコスと無心に心通わせる姿がみずみずしく、「見つめあおう 語りあおう」で始まる主題歌「語りかけよう」がすっと心に届く、清々しい舞台となりました。 一方、久々の上演となったハッピー・ミュージカル『クレイジー・フォー・ユー』は、小道具を多用するなど創意に溢れた、スーザン・ストローマン振付のダンスが大きな見どころ。主人公たちが小粋に踊るデュエットのみならず、「I Got Rhythm」や「Slap That Bass」などのビッグ・ナンバーで、全員が次々にストーリー性のある動きを見せ、ダイナミックなうねりを作ってゆくのが特徴的です。精鋭メンバーが出演した今回の公演では、劇団ならではの一体感のなかで一瞬の隙もない振付が流れるように展開、まさに幸福なひとときを生み出しました。「スタッフ賞」受賞コメントを読む>