想定外の「推し活」
部屋に入ったものの、特に目立つものはなかった。だが机の引き出しを開けた瞬間、ナミコさんは固まった。「アニメの登場人物なんでしょうか、いわゆる萌え絵みたいな、人間ではありえないようなプロポーションの女の子の絵がたくさんあったんです。それだけではなく、その子のフィギュアとかグッズが別の引き出しに数えきれないくらいあった。DVDなどもありましたね」
それに派生して声優のライブのチラシなども発見。夫が遅くなった日は、こういうライブに行っていたのだろう。それにしてもなぜ2次元なのかとナミコさんは考え込んでしまったという。
「浮気じゃないからホッとしたのは事実。でもなぜアニメ? 夫はもともとアニメは好きではなかったはず。私はマンガ好きですが、私がマンガを読んでいると夫はかつて嫌がったものなんです。いつから変わったのか、なぜ変わったのか……」
もしかしたら夫は出張ではないのではと彼女は疑いを持った。いろいろ検索をかけてみると、そのアニメがらみのイベントが、夫が出張先だと言った場所で行われていることがわかった。泊まり込みの推し活である。
「推し活って、お金も時間もかかると聞いたことがあるので不安になりました。有休をとって推し活しているとしたら、これはどうなんだろうかと」
妻は夫の引き出しにあった写真を突きつけた!
その後も、ナミコさんは夫に聞きたい気持ちを抱えながら生活していた。だが年末、夫が「ちょっと仕事に行ってくる」と出かけて帰ってきた夜、とうとう我慢ができなくなって問い詰めた。「これが好きなの? 出張だと嘘をついてまで行くほど好き? と、夫の引き出しにあった絵を撮った写真を突き付けたんです。すると夫は『プライバシーを侵害するような女だと思わなかったよ』とつぶやいた。『引き出しの中がおかしかったから、きみが見たんだとは思っていたけど』とも言っていた。こっちが見たのはバレていたわけです。なのに夫も何も言わなかった。お互いに複雑な気持ちになり、妙な緊張感がありました」
夫は「やめろと言うなら理由を言って」と不機嫌そうに言葉を発した。そう言われると、何が嫌なのかははっきりしない。それでも、「父親である40代後半のあなたが、こういう萌え絵にはまるのが気持ち悪い」とつい本音を漏らしてしまった。
「気持ち悪いは言い過ぎだったと反省しています。好きなものは人それぞれですから。ただ、自分の夫がこういうものが好きだと知ったとき、なんとなく生理的な嫌悪感が起こるのを止めることはできないですよね」
夫は「わかった。オレは家庭に支障のない範囲で趣味を続けたい。だからきみも何も言わないでほしい」と結論のように言った。それ以来、ナミコさんは「夫の趣味」に口をはさめなくなった。
「いいんですけどね……。夫の言う通りだとも思います。それでもなんだかモヤモヤしてしまうのは、私が狭量だからでしょうかねえ」
ナミコさんの気持ちはわかる。推し活したい夫の気持ちもわからなくはない。こういう場合、「妥協点」などないのかもしれない。
「長い目で見て、夫が飽きるのを待つしかないのかもしれません」
ナミコさんも少し苦笑しながらそうつぶやいた。
<参考>
・「『オタク』市場に関する調査(2023年)」(矢野経済研究所)
・「キャラクタービジネスに関する調査(2023年)」(同)