同社サイトを見ると、特集のトップで紹介されているのは2024年4月8日に大規模な皆既日食が見られる北米大陸。次いで夏季オリンピック・パラリンピックが開催されるパリが紹介され、3番目に山口市が紹介されている。 ちなみに4番目は大自然の中を行くニュージーランドの鉄道旅行、5番目は2023年夏の大規模な山火事でラハイナの街が壊滅的な打撃を受け、復興が急がれるハワイのマウイ島である。
2024年に世界で行きたい観光地に「山口市」が選ばれた理由
山口市は、確かに雰囲気のあるいい街だ。瑠璃光寺五重塔などの歴史的建造物やすてきなカフェ、それに湯田温泉もある。だが、特集で紹介されているほかの世界的観光地と同じくらいに「今、行くべき場所」かと問われると疑問符が付く。山口市が選ばれることは、観光業に携わる多くの人たちも、予想していなかったことであろう。では、なぜ選ばれたのかといえば、やはり旅行先としての日本が注目されているということなのだと思う。日本の観光地はどこか紹介しておきたい。だが、誰もが知っていて、すでにオーバーツーリズム(観光客の過度な増加)に陥っている東京、大阪、京都などを紹介するのは意味が希薄だ。
そこで大都市圏から適度な距離があり、知名度がまだそれほど高くなく、行けばそれなりに日本らしさが味わえる小都市ということで選ばれたのが山口市だったのではないだろうか(大都市圏からの距離や街の規模感が、2023年の同特集で選ばれた盛岡市と似ている)。おそらくは、このようなあいまいな基準で選ばれたのだと思う。
旅行先としての山口県を5つのトピックで紹介
とはいえ、旅行先としての山口が魅力的であることは間違いなく、ニューヨーク・タイムズで紹介されたのをきっかけに山口へ出かけようと思う人も大勢いるだろう。さらに山口市に限定せず、山口県全体を訪問先の選択肢に含めるならば、より満足度の高い旅が実現できるはずだ(ニューヨーク・タイムズが、「山口市」ではなく「山口県」を選定したならば、もっとすんなりと納得できただろう)。筆者は2023年末に山口県を旅してきた。そこで最新の情報も踏まえながら、旅行先としての山口とはどのような場所なのか、5つのトピックを通じてお伝えしたい。
●代表的な絶景スポットは?
山口県の絶景スポットとして、すぐに思いつくのは県北部の長門市の海岸沿いにある元乃隅神社だ。岬の先端に向かって無数の朱色の鳥居が連なるその神秘的な景観は、2015年に米国CNNの「日本の美しい風景31選」にも選ばれた。神社の名前は知らずとも、その景観は写真や映像で一度は見たことがある人が多いと思う。ただし、この神社の歴史はそれほど古いものではなく、創建は1955(昭和30)年だという。
元乃隅神社へのアクセスはレンタカーならば楽チンだ。CNNで紹介されて以来、深刻な交通渋滞に見舞われるようになったため、2018年に交流館(土産物販売所など)と新たな大駐車場が整備され、便利になった(その分、トレードオフで荘厳な雰囲気はやや損なわれた気がする)。 一方、公共交通機関を使って旅する人にとって、元乃隅神社へのアクセスは悩みのタネだ。長門市が運営する観光サイトを見ると、最寄りの長門古市駅(現在、JR山陰線長門市駅~小串駅間は災害運休にともない代行バスを運転)からタクシーで片道約20分、料金は2300円前後だという。しかし、タクシーの台数が少ないため、帰りのタクシー手配などを気にすると、ゆったりした気分で観光を楽しめないのではないかという懸念がある。
では、レンタサイクルはどうかといえば、長門市の中心市街地にある長門市駅に隣接する観光案内所や仙崎漁港エリアの「道の駅 センザキッチン」(長門市駅前からバスで6分、運賃170円)にある観光案内所(こちらのほうが規模が大きい)で借りることができる。だが、案内所の担当者によると、「元乃隅神社への道はアップダウンがあって、体力に自信のある人でも片道1時間半はかかる」とのこと。
結局、公共交通機関を利用して旅する場合も、元乃隅神社へ行くときだけは、センザキッチンの観光案内所でレンタカー(軽自動車、1日6600円)を借りるのがよさそうだ。元乃隅神社への道を実際に走ってみると、途中、軽自動車のエンジンがウンウンうなるような急坂もあり、この道を自転車で行くのは、体力自慢の人以外にはハードルが高い。
このほか、アジア屈指の大鍾乳洞・秋芳洞(あきよしどう、美祢市)なども、おすすめの絶景スポットである。
●おすすめの温泉は?
元乃隅神社のある長門市には、山口県最古の温泉もある。長門市の市街地から南へ5キロほど入った山あいに位置する長門湯本温泉である。温泉街の中心に湧く「恩湯(おんとう)」は600年の歴史を持つと伝わり、また、2016年には老舗旅館の大谷山荘で日露首脳会談が行われた。 長門湯本の温泉街は今、若い宿泊客も増え、街の中心を流れる音信川(おとずれがわ)に設置された川床テラスで、人々がのんびりくつろぐ姿なども見られる。しかし、ひと昔前は典型的な寂れた温泉街だったという。
かつては団体客でにぎわったものの、旅行トレンドの変化への対応が遅れ、時代とともに集客が右肩下がりとなり、2014年に江戸時代から続く老舗旅館が廃業。この状況に危機感を覚えた長門市や地元の旅館事業者らが、宿泊大手の星野リゾートを誘致。同社とも協働し、温泉街の再生プランを策定。
その後、この再生プランに従い温泉街の歩道を広げるなどして回遊性を高めるとともに、音信川の流れに沿って「絵になる場所」「立ち寄りたくなる場所」「佇む空間」を配置するなど、温泉街全体のランドスケープの大胆な見直しを行った。この取り組みがメディアでも取り上げられるなどし、最近は少しずつ知名度を上げている。
この長門湯本にはいくつかの旅館・ホテルがあるが、廃業した老舗旅館の跡に2020年3月にオープンした星野リゾート「界 長門」は、やや値は張るもののおすすめしたい宿だ。江戸時代に藩主が参勤交代の際に休む「本陣」として使われた「御茶屋屋敷」をコンセプトにしたという宿は、重厚な雰囲気の建物や客室に、若手作家の手による伝統工芸作品などが各所に設えられるなど、現代的なセンスもちりばめられている。 夕食では地元で福を呼ぶ魚という意味で「ふく」と呼ばれる河豚(ふぐ)をふんだんに使った会席料理を味わった。また、スタッフの案内による朝夕の温泉街のそぞろ歩きのアクティビティなども楽しんだほか、地元の人たちともさまざまな話をするなどの交流もでき、満足度の高い滞在となった。
長門湯本は、冬の滞在もおすすめだ。毎年冬恒例のイルミネーションイベント「音信川うたあかり」が、今季も2024年の1月26日から3月3日まで行われる。音信川を舞台に、長門市出身の詩人・金子みすゞの詩をテーマに織りなす幻想的な光の空間が演出される。 なお、公共交通利用の場合、長門湯本駅を通るJR美祢線が現在運休中のため、電車ではアクセスできない。JR新山口駅(山陽新幹線)・山口宇部空港からの乗り合いタクシーや、博多方面から運転されている直行バスなどを利用しよう。
●おすすめグルメは?
山口県のソウルフードとして広く知られる料理として「瓦そば」がある。瓦というのは、もちろんあの屋根に乗っている瓦である。瓦をあつあつに熱し、その上に茶そばや錦糸卵、牛肉、レモン、もみじおろしなどを乗せて提供される。焼けてパリパリになったそばを温かいつゆに漬けていただくのだ。 もともとは下関市の川棚温泉の旅館(現在は瓦そば専門店)が考案したということだが、現在では県内のほぼ全域で食べることができる。味はもちろん、SNS映えも間違いない一品である。
●歴史好きにおすすめの街は?
山口県の江戸時代までの旧国名は長門(ながと)と周防(すおう)だった。治めていたのは長州藩(毛利氏)である。長州といえば、幕末・維新期に活躍した木戸孝允や高杉晋作、伊藤博文らの出身地だ。こうした幕末・維新期のヒーローたちの足跡をたどるならば、長州藩の拠点・萩城(別名・指月城)の城下町・萩市を訪れるべきだ。以下、萩市の主な観光スポットを巡るモデルコースを紹介する。
萩市内観光は、「萩・明倫学舎」からスタートするのがおすすめだ。藩校「明倫館」の跡地に建ち、近年まで実際に授業が行われていたという旧明倫小学校の歴史的木造建築を活用しているこの施設は、幕末・維新期の貴重な史料などが展示されており、散策に出かける前に歴史の予習をする意味でも、ぜひ立ち寄っておきたい。ちなみに、併設されている観光案内所でレンタサイクル(1日上限1500円)を借りれば、市内を効率良く巡ることができる。 明倫学舎を起点に、高杉晋作誕生地や木戸孝允旧宅などが点在する城下町を巡り、萩城跡のある指月(しづき)山の麓をめざす。船頭の話が楽しい遊覧船(「萩城跡指月公園」付近から出航)にも乗りたいところだが、残念ながら冬季(12月から2月まで)は運休となる。
萩城跡を見学し、昼食を取った後は、街を南北に流れる松本川の東側エリアへと足を伸ばし、松陰神社やその境内にある松下村塾、さらに近隣の伊藤博文旧宅などの史跡を見学すれば、主な観光名所を網羅できる。 ●他では味わえない体験ができる場所は?
福岡県北九州市の門司と山口県下関市を結ぶ全長780メートルの「関門トンネル人道」は、関門海峡を挟んで向かい合う九州と本州をつなぐ歩行者専用の海底トンネルである。こうした歩行者用の海底トンネルは全国に5カ所あるらしいが、ここは「九州から本州へと海底を歩いて渡る」というのがすごい。 なお、「関門トンネル人道」周辺には、レトロな雰囲気が人気のJR門司港駅、源平合戦の古戦場「壇ノ浦」、剣豪・宮本武蔵と佐々木小次郎が剣を交えた「巌流島(船島)」などもあり、できれば少し時間をかけて巡りたいエリアだ。
どんな交通手段を使うと便利?
以上、見て来たような山口県内の観光名所を巡るには、レンタカー利用が便利だ。レンタカーならば、隣接する島根県津和野町の観光名所などにも足を伸ばしやすくなる(萩市内から津和野町までは約1時間)。だが一方で、冬道の運転に自信がないという人も多いだろう。公共交通機関を利用する場合、2023年夏の大雨による橋梁(きょうりょう)流失などの影響で、JR美祢線の全区間(厚狭~長門市間)と山陰線の長門市~小串駅間が現在も運休となっており、代行バスの運転になっているので注意してほしい。
代行バスのほか、比較的低料金で運行されている乗り合いタクシー(新山口駅~長門湯本温泉間など)や、新山口駅~萩間を約60分で結ぶ高速バス「スーパーはぎ号」などもある、これらを上手に利用すれば、レンタカー移動に比べれば時間的な制約は受けるものの、安心して旅することができるだろう。
参考文献
52 Places to Go in 2024