思い通りにならない子育ても淡々とこなす妻
「子育てほど思い通りにならないものはない。僕はそれを実感したんですが、妻はそんなこともどこ吹く風。子どもには子どもの人生があるからと、最初から『期待しなければいいのよ』とこれもド正論でした」3年前、小学校3年生になった息子が学校に行き渋るようになったときも、妻は淡々としていた。
「学校に行く行かないは自分で決めていい。行かないならこういう選択肢があると、フリースクールやら家庭教師やらを並べ立てました。彼女は結論を急ぐんですよ。悩んでいる時間が無駄だと思っているから。でもそれ以前に、息子がどうして行きたくないのか、何が不安なのか、そこを聞かなければ話にならない。すると妻は『だって行きたくないんだろうから、理由を聞いても意味がないでしょ』って。もっと言えば、さらに大前提としてどうして行きたくないかを話せない状況にあるのが問題なんじゃないか、オレたちが彼をわかろうとしてないんじゃないかと話したんです。『グダグダ悩んでいるより次の手を考えたほうがいいと思うけど』、と妻は言っていました。仕事ならそれでもいいけど、子育ては仕事の手法は使えないんじゃないか、息子はひとりの人間なんだからと説くように伝えたけど、あまり彼女の心に響かなかったようですね」
きみがそういう性格だから、息子も僕も心を打ち明けることができないんだと言いたかった。だが言えばまためんどうなことになりそうで、つい口をつぐんでしまった。
「妻は正しいし、こっちが何か言っても論破してくるから話し合いにならないんですよ。きみは強いけど、人間はもっと弱いものを抱えているし、ああでもないこうでもないと悩むのが人間だよと言ってもわからないみたいですね。『私こそ弱いの。だから理屈で自分を納得させている』と。そういう考え方もあるんでしょうけどね……」
タカヤさんは息子とじっくりゆっくり話して気持ちを聞いた。いじめなどがあったわけではなく、息子は心優しい子で、おとうさんを亡くした子に感情移入をしすぎて心が弱っていたのだとわかった。自分の子ながら、いい子だなと感激したとタカヤさんは言う。そのことは妻には話していない。その後、息子は学校に通い始めた。
「ド正論」は傷つくし頼りにもなる
さらに実は今、タクヤさんの勤務先の業績がよくない。倒産もあり得るかもしれないと思い、転職を視野に入れている。転職を考えて初めて、自分には何ができるのか、何をしたいのかも自分の心に深く問うようになった。「まあ、そういう話も妻にはできませんね。もし本当に転職することになっても、相談はしないんじゃないかなあ。相談して傷つくのが嫌だし、彼女の理解を得るために論理的な言葉を並べるのもなんだか違うような気がするんです」
価値観が違いすぎる夫婦なのかもしれない。とはいっても彼に妻と離ればなれになるつもりはない。妻の「ド正論」を頼りにしている面もある。もし妻が、彼よりもっと心配性で、もっと干渉してくるタイプだったら、逆に早く別れていたかもしれないと感じているそうだ。
結婚10年、これが20年になったとき、どんな距離感になっているのか、彼は模索を続けていくという。