『はだしのゲン』については、2023年2月、広島市の平和教材から外されたことが話題になりましたが、2012年にも、描写が過激という理由から、松江市教育委員会が市立の小中学校に学校図書館での閲覧制限を要請したことがあります(批判を受け、翌年撤回)。その他にも、実は「ゲン」を巡る事件はたびたび起こっています。
今回は、そもそもどうしてマンガである「ゲン」が学校図書館に置いてあるのか。一方でなぜ今人気のマンガはないのか。『はだしのゲン』を中心に、学校図書館とその資料選定の基準について考えてみましょう。
「学校図書館」は教科を超えて全ての学びに関わる場
さて、ここでご自身やお子さんの学校図書館について、思い出してみてください。何と呼ばれていますか?「図書室」「メディアセンター」「本の部屋」「調べものの部屋」など、いろいろな呼び方がありますね。けれども、正式な名称はあくまでも「学校図書館」です。
学校図書館は「学校図書館法」の第2条によって定められた、次の点を目的とする学校の設備なのです(*1)。
- 図書、視覚聴覚教育の資料その他学校教育に必要な資料を収集し、整理し、及び保存し、これを児童又は生徒及び教員の利用に供することによって、学校の教育課程の展開に寄与する。
- 児童又は生徒の健全な教養を育成する。
子どもたちにとって、最も身近な図書館である学校図書館。 そこは、ただ本を読んだり、貸出・返却をしたりするだけの場所ではないのですね。
学校図書館にはどんな資料があるの? その選定基準は?
学校図書館が所蔵する資料は、本(図書)だけではありません。雑誌、新聞、視聴覚メディア、電子メディア、標本、模型、校外学習で訪れる場所や施設のパンフレット・リーフレット、児童・生徒の作品なども想定されています。それらの資料は、児童・生徒のニーズ、学校の教育目標や学習計画に沿って選ばれていて、その際、耐久性・配架場所・管理方法なども考慮されます。
では、マンガはどうでしょうか?
「学校図書館ガイドライン」では、「学校は、図書館資料について、教育課程の展開に寄与するという観点から、文学(読み物)やマンガに過度に偏ることなく、自然科学や社会科学等の分野の図書館資料の割合を高めるなど、児童生徒及び教職員のニーズに応じた偏りのない調和のとれた蔵書構成となるよう選定に努めることが望ましい」と記されています(*2)。
選定は学校に任せられてはいますが、マンガも、学校図書館に置かれる資料として認められているということですね。
学校図書館に適したマンガとは? 基本的な選定基準
マンガの良い面としては、次のようなことが挙げられます。- 活字だけの本に比べて、読みやすく理解しやすい
- ビジュアルが伴うため、登場人物が憧れや共感の対象になりやすい
- 長編を読む楽しさを味わえる
- 日本のマンガが海外の人とのコミュニケーションに役立つ可能性がある
- メディアミックスの時代、各メディアの特性を考えるきっかけになる
けれども、もちろんマンガであれば何でもいいというわけではありません。学校図書館でマンガを効果的に活用するには、どんな作品を置くかがポイントですね。マンガの選書については、「全国学校図書館協議会の図書選定基準」に次の通り記載があります(*3)。
(1)絵の表現は優れているか。
(2)俗悪な言葉を故意に使っていないか。
(3)人間の尊厳性が守られているか。
(4)ストーリーの展開に無理がないか。
(5)俗悪な表現で読者の心情に刺激を与えようとしていないか。
(6)悪や不正が讃えられるような内容になっていないか。
(7)戦争や暴力が、賛美されるような作品になっていないか。
(8)学問的な真理や歴史上の事実が故意に歪められたり、無視されたりしていないか。
(9)実在の人物については、公平な視野に立ち、事実に基づき正確に扱われているか。
(10)読者対象にふさわしい作品となっているか。
(11)原著のあるものは、原作の意が損なわれていないか。
(12)造本や用紙が多数の読者の利用に耐えられるようになっているか。
(13)完結されていないストーリーまんがは、原則として完結後、全巻を通して評価するものとする。
『ブラック・ジャック』(著:手塚治虫)『あさきゆめみし』(著:大和和紀)『三国志』(著:横山光輝)などの古典マンガが、多くの学校図書館に置かれているのは、すでに社会的評価が高く、愛蔵版など長期保存を前提にした単行本が出版されていることも多いため、選定しやすいというのも一因でしょう。
一方、今人気のマンガを選ぶのは容易ではありません。くり返しになりますが、学校図書館の資料は、児童・生徒のニーズだけでなく、学校の教育目標や学習計画を考慮して選ばれます。
もちろん、テーマがそれらに合致していればいいというわけではなく、子どもたちの視野を広げる良質の資料でなくてはなりません。全体のバランス・資料の耐久性・予算についても考えつつ、さらに情報が古くなってしまった資料の更新もします。
加えて、「マンガは学校図書館にはふさわしくない」という根強い否定的な意見、管理の難しさ、スペースの確保(特に長編の場合)といった、解決しなければならない問題もあります。
以上のような理由から、学校図書館に学習マンガ・古典マンガ以外のマンガを入れるのは難しい、という判断になるケースは少なくないのです。
学校図書館の充実に欠かせない、専任・専門・正規の学校司書
このようにマンガをはじめ図書館の資料の選定は、決して簡単ではない、さまざまな視点が必要な業務です。では、学校図書館を運営するのは、どんな人たちなのでしょうか。それは、司書教諭と学校司書(ちなみに館長は校長です!)。
それぞれの主な役割は(*4)、
- 司書教諭:運営の総括、図書館を活用した教育活動の企画、実施
- 学校司書:図書資料の管理や図書の閲覧・貸出、生徒や教員に対する直接支援、各教科の指導に関する支援、教育指導への支援
学校司書の配置状況(令和2年度「学校図書館の現状に関する調査」の結果概要より) 令和2年5月1日現在。()内は平成28年4月1日現在の数値。
しかも、学校司書は正規の職員ではなく、何校も兼務していたり、週2・3回の勤務だったりすることがほとんど。司書教諭は忙しく、学校司書がいない間、学校図書館が利用できないという学校はかなり多いと感じます。
さらに、学校司書には、公共図書館に近い専門的な知識のほか、教育支援に関する学校図書館独自の知識も必要なのですが、業務内容・専門性の差(採用の際、司書資格の有無を問わない場合もあるため)は、自治体・学校によってかなり異なります。
ここで注目したいのが、第6次「学校図書館図書整備等5か年計画」によれば、学校司書の配置率が高い都道府県は、図書の選定基準・廃棄基準の策定率等が高く、図書購入冊数も多いなど良い傾向にあるということ(*6)。
第6次「学校図書館図書整備等5か年計画」文部科学省
そこには、
- 1校専任の学校司書配置に必要な財政措置を実施するとともに、学校司書は教職員の一員であるという共通理解を深め、職員会議や研修への参加をうながすこと。
- 非正規の学校司書は、短期雇用の契約、低い賃金、雇い止めなど不安定な勤務状態のもとにあり、その労働条件の抜本的改革に資するため、現状調査を実施すること。
学校図書館の整備や活用、つまり子どもたちの学びを豊かにするためには、専任・専門・正規の学校司書の配置は不可欠です。
多くの保護者が、読書の習慣のない子どもの前に適当な本を置くだけでは、まず読まないということを知っているでしょう。本と子どもをつなぐのには、必ず「人」が必要で、学校図書館ではそれは学校司書の役割です。
本来、学校図書館には、実に多くの可能性があるのです。まずは身近な学校図書館から、選書の特色やどんな運営がなされているのか、ぜひ注目してみてください。
『はだしのゲン』を学校図書館に置ける理由
さて、話を冒頭の『はだしのゲン』に戻しましょう。吉村和真教授(京都精華大学マンガ学部)は、「ゲン」の掲載とりやめについてこう語っています(毎日小学生新聞2023年6月30日)。
『はだしのゲン』は、英語やロシア語など24カ国語に訳され、世界中で戦争の悲惨さを訴えています。戦争体験者が減っている今、「ゲン」は、被爆体験を伝承する役割を担っている作品ともいえるでしょう。怖くて最後まで読めなくても、理解できない部分があっても、そこから学ぶものは多いはずです。家族の大切さ、戦争の理不尽さ、そうした真実をマンガは伝える力があるし、子どもにも読み取る力がある。どちらの力も市教委は見誤ったのではないでしょうか。
四方利明教授(立命館大学経済学部)は他の研究者とともに、学生がどこで「ゲン」と出会ったかという調査をしました(2005年、関西の大学生1193人・有効回答819人)。
その8割に「ゲン」を見た経験があり、このうち「初めて見たきっかけ」が「授業」だった学生は2割弱(マンガではなく映画版が中心)。それに比べ、「学校の図書館」「学級文庫」のいずれかであった学生は、「授業」と答えた学生の3倍超という結果だったそうです(*8:朝日新聞2023年6月4日)。
「ゲン」という作品の価値、朝読書の時間や休み時間に子どもが「マンガなら読んでみよう」と思えること、学校の外で自分からはなかなか手に取らない本であることなどを考えると、学校に置く意義は十分にあると思います(もちろん、新たに購入するのであれば、各学校の選書基準に合わせて検討する必要がありますが)。
さらに、学校図書館であれば、絵本や物語・ノンフィクションなど、悲惨な面だけを取り上げずに、戦争と平和について考えられる資料を一緒に置くことができるはずですから、大人の心配もずいぶんと軽減されるでしょう。そしてそれを考えて実行するのが、学校司書ということですね。
昨今は、「マンガなら読む」という子だけでなく「マンガでも読みたくない」という子も増えているように感じます。第67回学校読書調査報告では、「文字は読めても、文章が読めない」「読むトレーニングが不足している」「激しく変化する音と映像の刺激がないと、物足りないと思う人が増えている」といった学校現場の意見が報告されています(*9)。
学校司書は、絵本から幼年童話、児童文学へとつないでいくことも読み聞かせの重要さも理解し、学校図書館でそれを実現する存在です。
学校図書館の書架(棚)や使われ方を見れば、その学校が大切にしていることがわかります。2023年は、学校図書館法公布70周年で、さまざまなイベントが行われます。みなさんもぜひ学校図書館に関するニュースなどをチェックしてみてください。 【参考】
*1:学校図書館法(昭和28年法律第185号)抄(文部科学省)
*2:学校図書館ガイドライン(文部科学省)
*3:全国学校図書館協議会の図書選定基準(全国学校図書館協議会)
*4:「司書教諭」と「学校司書」及び「司書」に関する制度上の比較(文部科学省)
*5:学校図書館の現状に関する調査」(文部科学省)
*6:第6次 学校図書館図書整備等5か年計画(文部科学省)
*7:「学校図書館の改革に関する要望書」(学校図書館識員連盟)
*8:授業で扱っていなくても…子どもたちは「ゲン」をどうして知ったのか(朝日新聞2023年6月4日)
*9:『学校図書館』865号 2022年11月号(全国学校図書館協議会)
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