脳科学・脳の健康

Q. 小さい子の子育て中です。何度も同じことで叱るのに疲れました。どうすればよいですか?

【脳科学者が解説】子どもは大人に比べて、いつまでも失敗を引きずりません。2~3歳までの子どもには、体験したことを記憶できない「幼児期健忘」が見られます。乳幼児期の脳のしくみを知れば、育児の悩みも少し解消できるかもしれません。わかりやすく解説します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

Q. なぜ子どもは、叱られても同じいたずらや失敗を繰り返すのでしょう?

子どもを叱る母親

しっかり叱ったことがあるのに、子どもが同じいたずらや失敗を繰り返すのはなぜ?


子どもは大人に比べて、あまり失敗を引きずらない性質があるようです。2~3歳までの子どもには、体験したことを記憶できない「幼児期健忘」が見られます。親子の関係をよく保つために、知っておきたいことと、脳科学的に考える大切な育児のポイントをご紹介します。

Q.「ダメだよと注意したり、たまに強く叱ったりしても、子どもが同じいたずらや失敗を繰り返します。クドクドと怒っている自分も嫌で、子育て中にうんざりしてしまうことがあるのですが、どうすればよいでしょうか?」
 

A. 忘れることは悪いことではありません。できたことを繰り返し褒めましょう

Q. 小さい頃の家族旅行のことを、子どもが全く覚えていません。無駄な体験だったのでしょうか?」でも解説しましたが、2~3歳までの子どもは以前に体験したことを記憶することができません。これは「幼児期健忘」と呼ばれるもので、この時期の脳のはたらきとしてはごく正常なことです。

少し専門的になりますが、子どもが体験したことを「記憶していない」というのは一体どういうことなのか、少し掘り下げて考えてみましょう。

「記憶がない」という状況には、次の3つのパターンが考えられます。
 
  1. 最初から覚えられなかった
  2. いったん覚えたけれど、失われてしまった
  3. ちゃんと残っているが、他の情報に埋もれて、思い出すことができなくなった

幼児期健忘は、このうちどれなのでしょうか。

筆者の子どもがようやく会話が成立するくらいの年齢になったころに、「この間おじいちゃんちに遊びに行ったの楽しかったね」とたずねると、笑顔を見せながら「うん」と答えたことがあります。本当に覚えていたのか、何をどこまで覚えていたかは定かではありませんが、体験した直後に記憶が残っていないということはなく、ちゃんと思い出はできていると思われます。幼児を対象とした学術的な研究でも、生後3カ月で1週間、4カ月で2週間ほど記憶が保持されていると報告されています。体験した出来事を記憶するのは脳の「海馬」という、幼児期にはまだ未発達な部位ですが、まったく記憶ができないわけではないようです。1の可能性は低いでしょう。

2と3のどちらかは、実はまだ結論が出ておらず、学者の間でも議論がかわされています。筆者は2の可能性が高いと考えています。その根拠は次の通りです。

大人になると毎日多くの体験をしますので、たくさんの思い出の中に埋もれてしまって幼児期の記憶が「思い出せない」だけかもしれないというのが3の考えですが、認知症の方の記憶障害を参考にすると3の可能性は低いと思われます。

認知症のうち、とくにアルツハイマー病を原因とするケースは、エピソード記憶の形成に必要な海馬が障害されているため、日々体験する出来事が頭に入らなくなります。そのため、記憶の倉庫にあるのは昔の思い出だけとなり、長年埋もれていた記憶が急に思い出されることがあります。認知症が進行すると、昔の思い出話ばかりになるのはこのためです。しかもその内容は、長年手つかずだったために、とても正確です。詳しくは「認知症の記憶障害、昔の記憶は正確なのはなぜ?忘れる順番・記憶のしくみ」や「Q. 認知症になると、今朝の食事など、最近のことほど忘れてしまうのはなぜですか?」をあわせてご覧ください。

しかし、そのようにして昔のことを思い出せるようになった認知症の方が語るのは、よくて3~4歳以降の出来事です。赤ちゃんのときの出来事はさすがに語れません。つまり、記憶の倉庫のどこを探しても、赤ちゃんのときのエピソード記憶は残っていないということではないでしょうか。

また、2014年にカナダと日本の研究チームがネズミを使った実験結果(Science 344(6184): 598-602)から、幼児期健忘のメカニズムを解明する大きな手がかりが得られました。「萎縮した脳を回復させる方法はあるのか?脳の神経細胞と「神経新生」」で解説しましたが、海馬には、未熟な細胞から新しい神経細胞が生み出される「神経新生」という仕組みが備わっています。しかし幼若期とおとなのネズミで比べると、海馬における神経新生は、明らかに幼若期の方が盛んだったのです。また、記憶力を測る試験において、幼若期のネズミはおとなのネズミと同じように覚えることができましたが、記憶が保持される時間が短く、忘却が起こりやすいことが分かりました。幼若期の海馬では、新しい神経細胞が次々と生み出され神経回路の改編が盛んに起こることで、覚えたことをすぐに忘れてしまうと考えられたため、この仮説を証明する実験も行われました。海馬の神経新生を抑制するような処置を施すと、幼若期のネズミにおける記憶の忘却が起こりにくくなりました。また、幼若期のネズミが記憶を獲得した後に、神経新生を促すような処置を施すと、記憶が忘却されやすくなることも認められました。つまり、幼若期の海馬では、神経新生が盛んな分だけ、入力された情報が固定されにくく、記憶の忘却が起こりやすいと考えてよいでしょう。

そうは言っても、親は「叱っても懲りていないように見える」「一度失敗したのだから覚えてほしい」と、悪いことを忘れてしまう子どもに気を揉んでしまうかもしれません。

しかし、「忘れる」ということは、実は悪いことではありません。日々の暮らしの中では辛い出来事もあります。小さなお子さんは、そんな嫌な出来事をすぐに忘れることができる分、一度の失敗でいつまでもくよくよしたりせず、常に前向きに、自信をもって未来へ進むことができるのではないでしょうか。実は、上で紹介した幼若ネズミの記憶実験で与えられた刺激は、電気ショックであり、ネズミは恐怖体験を覚えさせられたのです。大人のネズミはいつまでも恐怖の記憶が残り身をすくめる反応を示すのですが、幼いネズミは嫌な記憶を早く忘れてしまうのです。どちらが幸せか考えれば、忘れることも大切なのだということがわかるでしょう。

小さなお子さんが少しくらいの失敗をしたとしても、いつまでもグチグチと叱らないであげてください。「幼児期健忘」のしくみのおかげで、お子さんは失敗したことを忘れます。その代わり、上手にできたことは何度も褒めてあげてください。成長しても褒めてあげてください。そうすれば、成功体験の思い出だけがしっかり残ります。親子で過ごした時間を繰り返し話すことで、絆も深まります。日々の会話がお子さんの記憶を左右するということを意識しながら、過ごしていただければと願います。
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