Q. 小さい頃に家族旅行に連れて行っても、子どもの記憶には残りませんか?
小さいころに行った旅行の記憶は全く残らない!? 乳幼児期の思い出は消えてしまうのか
Q. 「子どもが2歳の頃にハワイ旅行に連れて行きました。中学生になった今、そのことを全然覚えていないと言います。本当でしょうか? 楽しい思い出のはずなのに、なぜ忘れてしまうのでしょうか? 小さい頃に色々な体験をさせるのは、あまり意味のないことなのでしょうか?」
A. 正常な「幼児期健忘」です。そして「記憶に残らない=無駄」ではありません
私たちは誰もが赤ちゃんだったころのことを覚えていません。たくさんの人からの聞き取り調査でも、幼いころの出来事を覚えているのはだいたい3~4歳以降からで、それ以前のことはほとんど記憶にないことが明らかにされています。このような現象を一般に「幼児期健忘」といいます。決して特定のお子さんだけに起こる異常ではありませんので、その点は安心してください。筆者自身の子どもも、2歳くらいまでの出来事について話すと、「そんなの知らない」と言います。ただ、親御さんの中には「うちの子は赤ちゃんの時の出来事をちゃんと覚えているみたい」という方もいます。しかしよく話を聞いてみると、その印象深い出来事を、家族で何度も話題にしていたご家庭が多いようです。そのお子さんはある程度成長してから、自分が赤ちゃんだった時の出来事を聞いて、それを事実だと信じて新たに覚えたのではないでしょうか。脳科学的に考えても、幼児期に体験した記憶そのものが長年残っていたわけではないと思われます。
しかし、なぜ「幼児期健忘」といったことが起こるのでしょうか。せっかくの楽しい思い出が残らないなんて、悲しいですよね。
「記憶」と一言でいっても、実はいろいろな種類があります。自分が体験した出来事に関する記憶は「エピソード記憶」と呼ばれるもので、脳の中の「海馬」という領域が中心的役割を果たして形成されます(詳しくは「脳の海馬の働き・機能…記憶や空間認知力に深く関係」「エピソード記憶と意味記憶の違い・具体例…効率的な暗記に役立つ方法も」をご覧ください)。
そしてこの海馬が含まれる大脳辺縁系は、子どもがこの世に生まれた時点では、まだ完成していないのです。大脳辺縁系は、幼児期に徐々に形成されていき、その中でも海馬はでき上がるのが遅い方です。したがって3歳くらいまでの幼児は、海馬が必要な「エピソード記憶」がうまくできないのです。脳科学的に見ても、子どもが幼い頃のことを記憶していないことは、当然のことなのです。
では、小さい頃に楽しい経験をさせるのは無駄なことなのでしょうか? 決してそんなことはありません。正確な「エピソード記憶」は残らなくても、「楽しかった」という感覚は残るからです。また、その体験を通して築かれた親子関係はしっかりと残っていきます。
さらに、最初の方で述べたように、「赤ちゃんの時のことをお子さんが覚えている(実際には聞いて理解し認知している)」というご家庭は、会話が多いものと思われます。家族の中で繰り返される会話によって、残したい思い出はちゃんと残していけるのです。大きくなったときにお子さんの記憶の中に、家族との思い出が残せるかどうかは、毎日の会話量も関係しそうです。
ですから、「せっかく連れて行っても覚えていないのではないか……」などと思わず、迷わず積極的に体験を重ねて、楽しかった思い出をたくさん話してあげてください。