増える「高大連携」、中学受験の急激な入試倍率変化にも注意
2023年3月28日、横浜雙葉高等学校は上智大学との「高大連携協定」を締結したと発表しました。カトリック精神に基づく教育の充実と社会貢献という共通理念のさらなる深化を目的として、学生や教職員の相互交流や協働学習などを行っていくそうです。 上智大学では、外国語学部ドイツ語学科・文学部フランス文学科が、横浜女学院中学高等学校とも「学部学科連携」を行っています。このように近年増加傾向にある、私立中高一貫校×大学の「高大連携」。これは高校生が大学の講義を聴いたり、大学生と協力して研究したり、大学の教員が中高で授業を行ったりして、教育の充実を図ろうとするものです。
少子化の影響による「大学全入時代」、入学自体のハードルが下がり、学生の学力水準の低下が懸念される大学側にとっては、優秀な学生獲得競争という面もあるでしょう。また、同じく、中高側にも大学と関係を持つことで生徒募集につなげようという狙いがあります。私立中高と大学の生き残り戦略が見て取れる高大連携は、両者にWin-Winであるのです。
高大連携によりブランド大学に入りやすくなるという理由で、低学年期から中学受験戦争が激化するのはどうなのか、という批判的意見があることも事実です。しかし、それでもなお、この高大連携には、メリットが多いと筆者は考えます。今回は中学受験専門の塾講師の立場から高大連携の意義とともに、中学受験入試における注意点についてもお伝えします。
三角関数や古文は何のために学ぶの? 学習意欲が低下傾向の中高生
近年の日本では、小学生はもちろん、精神的には大人に近づきつつある年代の中高生でさえ、学校の授業に対して学習意欲がわきづらい状況が続いています。東京大学社会科学研究所とベネッセ教育総合研究所が共同で行った「子どもの生活と学びに関する親子調査2022」によると、「勉強しようという気持ちがわかない」と回答した子どもは、2019年から4年間増え続けています。また、そう回答した子は学年が上がるほど高まる傾向で、小学4~6年生53.7%に対して、中学生では62.1%、高校生では64.9%となっており、中高生の学習意欲の低下は顕著であるといえるでしょう。
こうした中高生の学習意欲の低下の要因には、「学ぶ目的がよくわからない」ことがあるのではないかと筆者は考えます。学ぶ目的というのは、たとえば、将来海外旅行に行ったときに英語に困らないようにするためとか、アメリカ映画を字幕・吹き替えなしで理解するため、などごく身近なところに置くことも可能です。筆者は高校時代、大好きだったビリー・ジョエルの歌詞を自分で和訳していましたが、そういう目的があれば学習意欲は上がりやすいでしょう。
しかし、多くの中高生は、数学の方程式の解の公式を覚えたり、三角関数を学んだりするのは、単なる「受験対策」だと思っているのではないでしょうか。数学なんて将来何の役に立つのか。そう感じつつ、しぶしぶ学んでいる生徒は少なくないのではないかと思います。理科のイオン化傾向にしても、国語の古文にしても同様です。そのような疑問を感じたまま勉強していても、学習意欲はわかないですし学習効率もよくないですから、成績も上がろうはずもなく、負のスパイラルに陥ってしまう生徒は多いでしょう。
そんな時期に大学の講義を受けたり、大学教授の話を直に聞けたりすることは、学ぶ目的を探せるということにおいて非常に有効だと思います。たとえば、三角関数は「航空機の設計デザイン」「ゲームプログラミング」「GPS測量」などの分野においては必須であり、高校時代にサボっていた人がいざそういった職業に就こうと思ってから慌てて基礎から学び直す、などという話はよく聞きます。
私立中高が高大連携によるカリキュラムを通して、現在の学習の将来の着地点を知ることで、味気ない基礎学習が一気に魅力的で面白いものへと変貌するというのは、とても意義深いものといえます。実際、学ぶ目的意識を持たずに大学へ入学してくる学生も増えているという問題も背景に、高校生に大学進学における目的意識と意欲を持ってもらおうということで高大連携が広まってきているのです。
もう一つの重要な意義は、大学生と対話できる機会を得られるという点です。精神的に大人で社会経験も積んでいる人生の先輩とコミュニケーションを持てる機会というのは、日常生活においてそうはありません。お兄さんやお姉さんのいる家庭もあるでしょうが、生活リズムが異なるために案外じっくり会話する機会はないのではないでしょうか。そうした機会を高大連携により得られれば、視野も広がりますし精神的にも大きく成長できるでしょう。
学校推薦枠の拡大や進学実績にも注目! 高大連携を行っている学校事例
では、どのような私立中高が「高大連携」を行っているのでしょう。近年、数多く行われているため、全てを列挙することは難しいのですが、その一部をご紹介しておきます。2015年、法政大学は、隣接する三輪田学園高等学校と高大連携協定を締結しました。理科実験教室などの体験型カリキュラムの設定や外国人留学生との交流事業の立ち上げなどを行っています。また、2022年には、三輪田学園から法政大学への「学校型推薦枠」を最大30名に拡大すると発表しています。
2016年、東洋大学は、麴町学園女子中学高等学校と高大連携協定を締結しました。2017年度から高校部において「東洋大学グローバルコース」を新設して生徒募集を行っており、東洋大学グローバルコース3期生において生徒の85%が英検2級を取得。2023年はこのコースに所属する生徒の約6割が東洋大学に合格するなど、顕著な実績を残しています。
2022年、東京慈恵会医科大学は、男子校である芝中学高等学校との高大連携を発表。夏休みなどに行われていた「芝漬ゼミ」のカリキュラムの一環として「薬理学ゼミ」と「救急医学ゼミ」を提供しているようです。現時点では芝から東京慈恵会医科大学への進学枠については発表されていませんが、将来的には医学部の進学枠を設ける方向に進むかもしれません。
成城大学は、北鎌倉女子学園中学高等学校・麴町学園女子中学高等学校・佼成学園女子中学高等学校・芝浦工業大学附属中学高等学校・西武学園文理高等学校・横浜女学院中学高等学校・和洋九段女子中学高等学校など、多数の私立中高と高大連携協定を締結しています。
また、中央大学では、2022年9月から中央大学高等学校・中央大学杉並高等学校・中央大学附属中学高等学校・中央大学附属横浜中学高等学校の4つの附属校で、大学のデータサイエンスの授業を先行履修できる「高大接続先行履修制度」を始めました。これにより附属校の生徒はデータサイエンスの基礎を学んだ上で、中央大学に進学できるようになります。
従来、同じ法人内の附属校においては「進学枠」のみにその優位性が与えられていましたが、大学に入った後の学習面においても他校からの入学者より優遇されるというのは、今のところ非常に珍しい取り組みといえるでしょう。
「指定校推薦枠」を狙った中学受験の高倍率化に注意
私立中高×大学の高大連携によって新たな取り組みがなされるなか、「指定校推薦枠」の拡充なども増加傾向にあります。今はまだ気づいていない人が多いのでそれほど大きな動きにはなっていませんが、昨今の大学附属校人気から考えますと、近い将来こうした「指定校推薦枠」を狙った受験者層が高大連携をおこなう私立中高に集まり、高倍率化、難化していく可能性は大いにあると予想します。実はこうした流れはすでに現れており、私立中高の高大連携の発展形として2019年に日本大学と系列校連携して名称変更した目黒日本大学中学高等学校(旧:日出中学校高等学校)や、青山学院大学の系属校となった浦和ルーテル学院などは、大変な高倍率に苦しむ受験生が続出しました。
また2026年4月から明治大学と系列校連携を行う予定の日本学園中学校では、2022年の入試において応募倍率が1回目:1.7倍・2回目:3.5倍・3回目:4.0倍だったのに対し、2023年の応募倍率は6.0倍・16.4倍・20.7倍に跳ね上がりました。卒業生の7割が明治大学へ進学できるとあって、一気に人気が沸騰したのです。 ちなみに横浜雙葉中学校は、これまで2月1日の一発入試だったのが、2024年より2月1日・2月2日の複数回入試へと移行することも発表されています。受験日の複数回設定というのは、過去の都内入試の例(桐朋中や暁星中など)からいっても、入試難度が確実に上がると予想されますので、受験倍率の急激な変化には注意が必要でしょう。
いずれにしても、難関中学や難関大学に入学したらそれで人生が保証されるわけではありません。お子さんが大学を卒業するのは中学1年生になった時点から数えて10年後です。ちなみに、2023年から10年前はまだ平成の世の中で、iPhoneはまだ5s/5cの時代でした。特に昨今の時代の変化は本当に急激で、あっという間に価値観が相転移してしまいます。何が正しいことなのか現時点で判断することは難しいでしょうが、これまで「これが良い」と思われていたことを踏襲すると、とんでもなく時代遅れになってしまうかもしれません。今の流行に乗るのではなく、中身を吟味して選択してほしいと思います。
【参考】
子どもの生活と学びに関する親子調査2022/東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所
上智大学と高大連携協定を締結/横浜雙葉中学高等学校
2024年度中学入試の変更について/横浜雙葉中学高等学校
2023年 年度比較表一覧 【東京都 男子校】/日能研