亀山早苗の恋愛コラム

私が愛した「ダメ夫」との5年間。ヤングケアラーだった夫が好きに生きて、いなくなるまで(2ページ目)

みんなが「やめろ」と反対した男性との結婚を選んだ30代女性に話を聞いた。周囲がどう感じようが、「別れたくない」なら当の本人は幸せなのかもしれない。

亀山 早苗

執筆者:亀山 早苗

恋愛ガイド

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生きたいように生きた人

1カ月ほどたったころ、夫はふらりと帰ってきた。マミコさんがちょうどつわりに苦しんでいるときだった。

「それでも私は仕事を休めない。夫はこまやかに私の面倒を見てくれました。朝食に始まり、お弁当を作ってくれて、帰ると夕飯が用意されていた。洗濯物もきれいにたたまれていたし、作り置きの総菜もあった。何だこの人はとびっくりしましたね。あとから義母に聞いたら、彼は今でいうヤングケアラーだったんです。彼の両親は、彼が10歳のころ離婚、その後は母親が必死に働いて、彼と妹を育ててくれた。でも15歳のとき母親代わりだった祖母が倒れ、そこから彼は祖母の面倒と家事を一手に引き受けることになってしまった。だから彼、高校も通信制だった」

彼女は彼のやさしさに触れ、ますますこの人の味方でいようと決めた。ヤングケアラーとして若い時代を献身的に尽くした彼の気持ちを考え、安定期に入ると専業主夫と化した彼に、もっと好きなように生きていいよと告げた。

「そうしたら彼、本当はミュージシャンになりたかった、今から人生を生き直したい、と。仲間を集めてもうバンドも作ったんだ、という。みんな昼間の仕事をもっていて、夜になると練習を続けている、と。結婚してすぐいなくなったのは、そうした準備をしていたからだったようです」

彼もアルバイトを始めた。家事に支障のないようにすると言うので、マミコさんは「そんなことしなくていい。もっと好きなようにしていい」と励ました。

それからは帰ってきたり来なかったり。それでも彼女は夫を信じていた。ようやく開催できたライブに、大きなお腹を抱えて駆けつけたこともある。

「インディーズではあったけどライブ活動は定期的に続けていました。いつかプロとして活躍できる日を、みんな信じていたんだと思う。好きなことをしている夫はまぶしかった。売れる売れないを考えるより、自分の信じる道を行ってほしかった」

子どもが生まれて3カ月で彼女は仕事に復帰。夫は保育園が決まるまで、子どもの面倒をみてくれていた。

「時折、こんな生活でいいのかなあと夫がつぶやくことがありました。私に苦労させているのではないか、と。でも私は夫が夢をかなえてくれればそれでよかった。そのことは誠心誠意、伝えてつづけたつもりだったけど、夫にしてみればやはり『男が稼がなければいけない』という世間の価値観に縛られていたところもあったんでしょうね」

それでも夫の音楽に対する気持ちは本物だったと、マミコさんは思っていた。だから夫は妻の夢も背負ってがんばっていたのだ。

「私は副業もしていましたから、周りは『どうしてあんなダメ夫に貢ぐのよ』『別れたほうがいいんじゃないの』とさんざん言いました。でも私は、誰にもわかってもらえなくても私だけは夫のよさや才能を理解していると思っていた」

だが夫は昨年、突然、この世から去った。

「心筋梗塞でした。その日は仕事が休みだったので、3歳になった子を連れて、ちょっと実家に帰っていたんです。夜になって母が食事をしていけばというので、夫に連絡しようとしたんだけどつながらない。なんだか嫌な予感がして帰宅したら、夫はリビングでギターを抱えるようにして倒れていた」

あわてて救急車を呼んだが夫が蘇生することはなかった。コロナ禍でライブもできずにいたからストレスがたまっていたのではないかと彼女は涙した。

「結局、夫は音楽で身を立てることはできなかった。でもあとから聞いたら、その1年前にすでにバンドは解散していたそうです。夫はひとりで音楽活動をすると言っていたけど、それもろくにできないままだった」

夫の死後、彼女は夫のノートを見つけた。思いつくままをメモしたようなノートだったが、その中に「マミコには申し訳ないことをしたと思っている。自分と結婚しなければもっと幸せになれたはずなのに」という一文があった。

「そんなふうに思っていたのか、とショックでした。私は夫との結婚生活をおもしろいと思っていたし、その選択に後悔などなかったから。私の本心を最後までわかってもらえなかったのが悲しかった」

6歳になった娘とふたりで暮らすマミコさん。パパッ子だった娘は今も写真の父親に毎日、話しかけているという。
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