認知症

見当識障害とは…時間・場所・人が分からなくなる認知症の中核症状

【認知症研究者が解説】「見当識障害」とは、認知症の中核症状の一つです。多くは時間、場所、人の順で正しく認識することが難しくなり、「冬なのに夏物を着る」「昼だと思って夜に買い物に出かけようとする」「家の中でトイレの場所がわからなくなる」などの行動が見られます。見当識障害とは何か、考えられている原因部位はどこか、わかりやすく解説します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

見当識とは……認知症検査でも質問される「今はいつで、ここはどこか」

認知症の見当識障害とは

今はいつで、ここはどこで、目の前にいる人は誰か…。こうした状況の認識を「見当識」と言います

「見当識(けんとうしき)」という言葉は、日常生活であまり使われないので馴染みがないかもしれませんが、「今日はいつか(時間)、ここはどこか(場所)、この人は誰か(人物)など、自分の置かれている状況についての認識」を意味します。そして、この認識がうまくできないのが「見当識障害」であり、認知症の初期症状の一つとしてよく見られます。

簡単な問診やテストで把握することができるため、認知症の診断の際には、見当識の確認は必ず行われます。たとえば、認知症の検査によく用いられる「改訂長谷川式簡易知能評価スケール」には、「今日は何年何月何日ですか」、「何曜日ですか」、「私たちが今いるところはどこですか」といった質問が含まれ、答えられれば得点が与えられます。健常者であれば「馬鹿にされているのかな」とさえ感じるような内容ですが、見当識障害のためにこうした質問にも答えられなくなるのが認知症です。
 

見当識障害とは……時間・場所・人が認識できない

認知症に含まれる見当識障害は、大きく3つのパターンに分かれます。

1) 「時間認識」能力の低下…時間・日付・季節が分からない
2) 「場所認識」能力の低下…街並や道順が分からない
3) 「人認識」能力の低下…相手が誰か分からない

一般的には、認知症の進行に伴い、上から順番に起こります。それぞれの症状について解説します。
 

「時間認識」能力の低下…時間・日付・季節が分からない

見当識障害の多くは、初期の段階で、まずは時間認識能力の低下として現れます。今日が何日で何曜日だったかは、健常者でも間違えてしまうものです。

しかし、
  • 日付だけでなく月までも分からなくなる
  •  短い期間に何度も日付を間違える
といった場合は、正常とはみなせず、見当識に障害がでていると考えられます。予定に合わせた行動が取りづらくなるなど日常生活への影響が出始めるため、当初は本人も周りも混乱します。

症状が進行すると、1日の朝昼夜の判別が難しくなったり、季節感が失われていきます。そのため、次のような行動がみられるようになります。
  • 真夏にセーターを着る等の季節に合わない服装をする
  • 朝・昼・晩の区別がつかなくなって、夜中に買い物に行こうと出かけたりする
 

「場所認識」能力の低下…街並・道順が分からない

時間の見当識障害の次に影響がでやすいのは、場所や空間に対する見当識の障害です。「よく知っている場所で道に迷う症状」を地理的障害と呼び、症候・病巣の違いから、「街並失認」と「道順障害」の2つに分類できます。

「街並失認」とは、熟知した街並(建物・風景)が識別できなくなるものであり、道をたどるために必要な目印が認識できないために道に迷ってしまうものです。「道順障害」では、自分のいる場所や目印となる建物などは認識できるものの、一目で把握できない離れた場所にある対象同士の位置関係がわからず、進むべき方向を見失い道に迷ってしまいます。

症状が進むと、次のような行動が見られます。
  • 近所の道でも道に迷ってしまう
  • 家の中でもトイレやお風呂の場所が分からなくなる
  • 外出すると自分の家に戻ることができない

なお、アルツハイマー型認知症の方が自宅付近で道に迷う場合、少なくとも初期には「道順障害」の寄与が大きいと考えられています。
 

「人認識」能力の低下…相手が誰か分からない

認知症がさらに進むと、人の見当識に影響が出ます。知っている人でも、顔を見て誰か認識できなくなります。ただし、一度にすべての人が分からなくなるわけではなく、熟知度によって差が生じます。たとえば、たまに会う友人や親戚は分からなくなるのが早く、毎日一緒に過ごしてきた家族が認識できなくなるのは遅いです。つまり、家族さえ分からなくなったときは、かなり重度であるとみなせます。

アルツハイマー型認知症の場合、人の見当識は比較的長く保たれると言われていますが、実の息子を夫と認識するなど関係性を間違えることがあります。その背景には、記憶障害があると思われます。認知症で、発症する前の出来事に遡って記憶が失われていくときには、一般に、時間的に近い出来事(近時記憶)から忘却されやすく、時間的に遠い昔の出来事(遠隔記憶)ほど保たれる傾向があります。大人になった子供の記憶が先に失われ、まだ小学生だったころの子供の記憶が残っている場合には、おじさんになった息子を見ても、子供と認めることができず、夫だと思ってしまうのです。
 

見当識障害が起こる原因は? 責任部位は側頭葉か

「見当識」を担う脳の場所については、まだはっきりしたことはわかっていませんが、「側頭葉」のどこかだろうと考えられています。見当識には、時間、場所、人物など、異なる対象の認識が含まれますので、もちろんそれぞれ異なる脳領域でコントロールされていると思われますが、その詳細についてはまだよくわかっていません。いずれにしても、病気の進行に伴い、側頭葉に障害が及んだ時に、見当識障害が現れると考えられます。

アルツハイマー病を原因として発症した認知症は、「アルツハイマー型認知症」と呼ばれ、まず最初に海馬がだめになるので、記憶障害が先に現れます。そしてさらに進行していくにつれて、側頭葉も障害されると、遅れて見当識障害が現れることが多いようです。

一方、レビー小体病という別の病気を原因として発症した認知症は、「レビー小体型認知症」と呼ばれ、初期には記憶障害が目立たないことが多く、先に見当識障害が目立つことが多いようです。
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