なぜ私たちには「好き嫌い」があるのか

恋愛感情と扁桃体

「好き」「嫌い」という感情はどこから来るのでしょう? 相手に対する恋愛感情も、変化することがあります

私たちは、無意識のうちに「好き嫌い」を判断しているものです。人に対しても物に対しても、「好き」あるいは「嫌い」といった気持ちがわくのはなぜでしょうか。一方で、道徳的に「あまり好き嫌いを言っちゃだめよ」と教えられたり、食べ物の好き嫌いがないことは良いことと評されることも多いです。しかし、本当にそうなのでしょうか。

実は「好き嫌い」を決めているのは私たちの脳です。脳が自分に有益と判断したものは「好き」、有害と判断したものは「嫌い」と感じます。これは、私たちの祖先が厳しい自然の中で生きる中で、「嫌い」と感じた対象物を避けることは、少しでもリスクを避け、自分の身を守っていくために重要だったからでしょう。したがって、現代社会のルールや考えの中では合致しない部分はあるものの、脳科学的に考えると、好き嫌いをきちんと判断できることは、大切なことと言えるのです。

今回は、好き嫌いを判断する脳の中枢であり、恋愛にも関係する「扁桃体(へんとうたい)」について、その構造と働きをわかりやすく解説します。
 

扁桃体とは……脳の中にあるアーモンドのような形の部位

「扁桃」と聞くと、多くの方が、「扁桃腺」を連想することでしょう。

扁桃腺とは、舌の付け根の両側にあるコブのようなリンパ組織で、ウイルスや細菌などの病原体から体を守る免疫の役割を果たしています。この扁桃腺に病原体がくっついて炎症を起こすと、いわゆる「扁桃腺炎」になり、熱が出たりします。

それでは「扁桃」とは何なのか、あまり考えたことはないかもしれませんが、実は「アーモンド」を指す言葉です。アーモンドを漢字で表したものが「扁桃」です。喉にあるアーモンドのような形をしているリンパ組織は「扁桃腺」と名付けられ、脳の中にあるアーモンドのような形をしている部分は「扁桃体」と名付けられました。名前は同じですが、似ているのは機能ではなく、形です。

脳の扁桃体は、英語でアミグダラ(amygdala)と言います。その由来は、アーモンドを意味する古代ラテン語のamygdala、そのものです 。一方、木の実の方のアーモンドは、amygdalaが変化して、英語でalmondとなり、フランス語ではamandeと変化しました。余談ですが、六本木にある喫茶店アマンドの名前は、アーモンドを意味するフランス語のアマンドから来ています。
 

怒り、恐れ、喜び、悲しみ……情動の中枢である扁桃体

扁桃体は、「たくましく生きるための脳」である大脳辺縁系の一部で、下図に示したように、側頭葉前部の内側にある海馬のすぐ前に、左右一対あります。海馬については「脳の海馬の働き・機能」で詳しく解説していますので、あわせてご覧ください。
扁桃体,海馬,大脳辺縁系

大脳辺縁系に属する扁桃体は、側頭葉の内側奥で、海馬のすぐ前に左右一対ある(ガイドが作成したオリジナル図)。

扁桃体は「情動の中枢」です。情動とは、怒り、恐れ、喜び、悲しみなどの感情の動きによって生じる体や心の反応のことで、これを生み出すのが扁桃体の役割です。実際に扁桃体が情動に関わっていることを示す証拠がいくつかあります。

普通のサルならば、ヘビが近づくと強い恐れ反応を示しますが、扁桃体が壊れてしまったサルは、ヘビを近づけても何ら驚きません。それどころか逆に、ヘビを頭からかじるという危険な行為に出たり、何の恐れもなく近づいていき、ヘビに攻撃されて傷ついてしまいます。扁桃体が働かないと、怖いという感情も生まれないのです。

また、サルの扁桃体にある神経細胞を調べると、サルの大好物であるスイカを見せたときにだけ反応する神経細胞や、サルが嫌いなクモやヘビを見せたときだけに反応する神経細胞があることがわかりました。人間の扁桃体については、サルほど詳しく調べられていませんが、サルと同じように、特定の対象に対して、好き嫌いを判断する神経細胞が扁桃体にあると考えられています。
 

扁桃体は何を判断材料にして好き嫌いを決めるのか

扁桃体は、見たり聞いたりしたものや、体験した出来事に対して、好き嫌いを判断するために、他の脳領域と密接な神経連絡をもっています。

まず、大脳新皮質の感覚野、視覚野、聴覚野などとつながっていて、感じたり見たり聞いたりした情報はすべて扁桃体に送られてきます。例えば、転んでケガして「痛い」と感じたときには、扁桃体が即座に「嫌だ」と判断し、その状態から脱するために、周りに助けを求めたり、ケガを適切に処置して治そうという行動を生み出します。

あなたがステーキを食べるときには、漂うソースに香り(嗅覚)、適度な焦げ目と赤い肉(視覚)、ジュージューと焼ける音(聴覚)、食べたときのおいしさ(味覚)、やわらかい舌触り(触覚)、温かさ(温度覚)などを感じることでしょう。こうしたたくさんの要素があった場合でも、扁桃体はその情報を統合・判断して、好き嫌いを決めます。

扁桃体が物の良し悪しを判定するときには、何らかの採点基準が必要になるでしょう。そのために、扁桃体は、本能的欲求の中枢である「視床下部」とつながっていて、連絡をとっています。視床下部が感知した「対象物が本能的に有益か不利益か」の情報に応じて、扁桃体が好き嫌いを決定します。

たとえば、夏の暑い日、視床下部にある体温調節中枢(詳しくは「視床下部の役割」参照)が「暑い」と判断すると、その情報が扁桃体に伝わり「嫌だ」となります。たくさん汗をかいて体内の水分が減ったときには、視床下部にある渇中枢(詳しくは「体内の水分量を守る視床下部のしくみ」参照)が「体が渇いている」と判断し、その情報が扁桃体に伝わり「嫌だ」となります。そうすると、「冷たい水が飲みたい」と欲求が生じ、水を飲むという行動が生まれるのです。
 

人や食べ物の好き嫌いが変わるのはなぜ? 経験や記憶で変化する扁桃体の判断

本能的な感覚や欲求は、もともと私たちの体に備わったもので、変わりません。痛い、目障り、うるさい、寒い、お腹が空いた、のどが渇いたなどの状態になったとき、その状態を「好き」「快い」と判断する人はまずいないはずです。体の状態を一定に保つことは、生きていくために必須ですから、異常が起きたときには必ず「嫌だ」「不快」と判断して体の状態を元に戻すように反応するようになっています。

しかし、生命維持に直結しないような事柄の好き嫌いは、変わるときもあります。

たとえば、今の私は、ビールが大好きですが、初めて口にしたときは「苦くて不味い」という感想でした。夏の暑い日に楽しい仲間と飲む経験を重ねるうちに、なぜか「あの苦味がうまいんだよな」に変わってしまいました。第一印象で「大嫌い!」と感じた異性が、いつの間にか気になる存在になり、気がついたら恋人や伴侶になっていたなんて人もいらっしゃるのではないでしょうか。

扁桃体は、記憶を作る海馬や、記憶の貯蔵庫である大脳新皮質の側頭葉ともつながっています。扁桃体は、生まれた後に重ねてきた様々な経験の記憶にも照らして、好き嫌いを判断するのです。人や食べ物などの好き嫌いが、ころころ変わるのは、このためです。
 

相手に対する気持ちも変わる……恋愛の行方も決める扁桃体

扁桃体はあらゆる感情の源です。恋愛感情も扁桃体の判断によって生まれます。私たちは好きな人に好きになってもらおうと、その人が好きそうな服を着てみたり、同じ音楽を聴いてみたり、語りかけたりします。友人としてでも交際を重ねるなかで「楽しい思い出」を一緒に作ることができれば、お互いにだんだんと好きになっていくこともあるでしょう。こうした恋愛過程のすべては、扁桃体が感覚情報を統合し、本能と記憶を参照しながら、人の好き嫌いを判定しているからに他なりません。

あなたの恋の行方を決める「審査員」―それが扁桃体なのです。
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