亀山早苗の恋愛コラム

ますます冴え渡る“顔芸”…「半沢直樹」に見る、歌舞伎400年のエログロナンセンス

「半沢直樹」の視聴率が絶好調だ。今回はドラマのスピード感もさることながら、出演者の「顔芸」がますます冴え渡っている。注目すべきは歌舞伎役者4人組だろう。

亀山 早苗

執筆者:亀山 早苗

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絶好調の「半沢直樹」、注目すべきは歌舞伎役者4人組

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写真:築田純 / アフロ


日曜劇場「半沢直樹」(TBS系・日曜21時)の視聴率が絶好調だ。私も前シリーズから観ているが、今回はドラマのスピード感もさることながら、出演者の「顔芸」がますます冴え渡っている。世の中が沈鬱な雰囲気にとらわれるなか、唯一、楽しめる時間かもしれない。

主演の堺雅人はもちろんだが、今回、注目すべきは歌舞伎役者4人組だろう。市川中車(香川照之)、市川猿之助、尾上松也でお腹がいっぱいになっていたところ、3回目の放送で満を持して登場した片岡愛之助の弾けっぷり。もう、どこまでも異界へ連れていってほしいという気持ちになる。

 

「エログロナンセンス」の世界こそ歌舞伎の醍醐味

「歌舞伎」は、日本固有の演劇で伝統芸能である。なにやら敷居が高い雰囲気があるが、もとをたどれば「エログロナンセンス」の世界。そしてこれこそが歌舞伎の醍醐味なのだと思う。お高くとまった「芸術」ではなく、あくまで大衆とともに歩んできた芸能なのだ。だからといって、芸術性がないというわけではもちろんない。

かぶきの起源は400年以上前、お国という女性が京の河原で「かぶき踊り」というものを始めた頃にさかのぼる。そもそも、「かぶき」は「傾く」からきており、派手な衣装をつけたり、常軌を逸した行動に走ることを指し、そうしたものを「かぶき者」と呼んでいた。

お国一座は、かぶき者が茶屋の女と戯れたりするようなシーンを含んだエロティックな踊りを披露していたようだ。

その後、かぶき踊りは遊女屋に取り入れられて「遊女歌舞伎」が盛んになる。舞台では当時、最新の楽器だった三味線が取り入れられ、数万人の客を集めたといわれている。さらに10代の少年ばかり集めた「若衆歌舞伎」も人気となった。ところがこうした、遊女や若衆を集めた場所では風気が乱れる。武士たちが彼らを取り合ってケンカや刃傷沙汰が耐えなかったからだ。そこで幕府は、遊女歌舞伎、若衆歌舞伎を禁止、成人男子に限ってのみ興行を許した。それが今の「歌舞伎」へとつながっている。

それから長く続く江戸時代、小屋(劇場)も整備され、歌舞伎は庶民の華となる。歌舞伎役者は、その身分は低かった(河原者と呼ばれていた)が、大衆からは大人気だった。「黒幕」「十八番(おはこ)」「二枚目」「どんでん返し」「めりはり」など、歌舞伎が出典となって今も使われている言葉も多い。また、市松模様に代表されるように、当時、役者の着物の柄などが大人気となったりもした。流行の先取りをするのが役者だったのだ。

当時はテレビもラジオもない時代。歌舞伎はかわら版(新聞)の役目も果たした。どこぞで心中があったり武家の揉めごとがあったりすれば、数日後には舞台にかかっていたのである。

 

「半沢直樹」に歌舞伎役者がハマる理由

ということを考えていくと、ドラマ「半沢直樹」は、そのストーリー自体がかなり歌舞伎チックだ。敵と味方がはっきりしているようで実は曖昧、昨日の友は今日の敵、あげく水面下で誰かが跋扈している、そして勧善懲悪となるのか、あるいは悪貨は良貨を駆逐するのかわからないハラハラドキドキの展開。これだけでじゅうぶん、歌舞伎なのである。

だから当然、演じるのは歌舞伎役者が合うのだ。一般的に言って、舞台役者は顔が大きいほうがいい。血筋なのか、幸い、ドラマに出ている4人は、他の俳優と比べても比較的大きい。動きも大きいのが歌舞伎の常だが、それもまたこのドラマには合っている。そして何より、誰もが腹から声を出すことに慣れきっている。

歌舞伎の独特の台詞回しはしていないが、腹からの声が徐々に上がってくるような歌舞伎ならではの発声法は生きている。それが演技に不気味さを増すのだ、いい意味で。

半沢直樹がかつて所属していた銀行の取締役・大和田暁を演じる香川照之は、歌舞伎での役者名を市川中車という。証券営業部部長・伊佐山泰二を演じる市川猿之助とは実の従兄弟。父親同士が兄弟である。ふたりが叫ぶと顔芸相似形とすら言えるが、あたかも歌舞伎の隈取りが浮かび上がってくるかのように顔筋が動くのが本当にすごい。感動的ですらある。

IT企業スパイラルの社長・瀬名洋介を演じるのは尾上松也。この人は20歳のときに父を亡くし、苦労しながら自分を鍛え上げてきた役者だ。端正な顔立ちだけに、市川従兄弟同士ほどの凄みはないが、以前、テレビで「重度の耳フェチ」と聞き、さすがは歌舞伎者とうれしくなった記憶がある。だから第3話で、半沢の助けを得て社の命運を賭けて動き出すとき、剣道着のまま叫んだシーンはやはり「かぶいて」いると感じたし、そもそもこの人の目力はハンパない。

 

輝きを増した「ラブリン」、得意技も進化

さらに、第3話でついに出てきた証券取引等監視委員会事務局証券検査課統括検査官(!)黒崎駿一役の片岡愛之助。前シリーズで、その異様な演技により、歌舞伎を観ない人にも大ブレイクした、言わずと知れた「ラブリン」である。

何とも言えない不気味なオネエ言葉は、今シリーズでなぜか半沢を「な、お、きぃ」と呼び捨てにするなど輝きを増し、部下への苛立ちをぶつける得意の局所つかみは今回、前からだけでなく後ろから股の間に手を伸ばす進化を見せた。愛之助の眉の動かし方、顔の歪め方などは、おそらく歌舞伎で観れば、それほど不思議はない演技なのだが、素顔で出るドラマではカメラの枠を超えて飛び出てくるのではないかと思うほどのド迫力なのである。

彼らの演技を観ながら、やはり歌舞伎400年の歴史は深いとつくづく感じた。8月、5ヶ月ぶりに開場した東京・歌舞伎座には猿之助、愛之助、中車が出演中。歌舞伎舞台での彼らの姿もぜひ観なければ!
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