原題は「The Price of Desire」
家具やインテリアが好きな人なら、スチールパイプで作られた「アジャスタブル・テーブル」をデザインした、アイリーン・グレイを知っている人は多いでしょう。
ですが、アイリーン・グレイが建築家として、近代建築の巨匠、ル・コルビュジエよりも先に優れたモダンスタイルの住宅「E.1027」を完成させていたことは、あまり知られていないかもしれません。
映画『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』は、アイリーンとコルビュジエの作品や周囲の仲間たちとの交流を軸に進みます。彼らの本物の建築やインテリアが登場し、さらに舞台となるフランス・カップマルタンの風景も美しい。
建築やインテリアの作品も楽しめますが、登場するアーティストやクリエーターたちの「こころ」の揺れ動きが細やかに描かれていて、人間の欲望や嫉妬といった感情を考えさせる物語となっています。
コルビュジエはアイリーンの才能に嫉妬した?
コルビュジエがアイリーンに嫉妬する描写も
20世紀初頭インテリアデザイナーで活躍していたアイリーンは、建築評論家のジャン・バドヴィッチに建築を教わりながら、1929年に白くモダンで美しい別荘「E.1027」を完成させます。
コルビュジエの代表作でモダニズム建築のアイコン的存在の「サヴォア邸」の竣工はその2年後の1931年。遅れをとったと感じたコルビュジエは、アイリーンの作品をあからさまに批判し、あろうことか世間の目から「E.1027」を隠そうとします。
そして長い間、「E.1027」が世間ではコルビュジエの設計と認識されていることを意図的に放置しつづけます。
コルビュジエはアイリーンが完成させた「E.1027」の壁に、抽象画を勝手に描くといった奇行とも呼べる行為を繰り返します。アイリーンが嫌がっているにもかかわらず、です。
私はそんなコルビュジエに人間臭さ、さらに滑稽さも感じました。映画の中のコルビュジエは「とてもイヤな奴」として描かれていますが、おそらく事実だと思います。
あえて擁護すれば、数々のアイリーンに対する子供じみた妨害も、行き過ぎたモダニズム(合理主義)に対する彼なりの反動だったのかもしれません。
コルビュジエは、アイリーンに対して「彼女には敵わない」という妬み嫉みをはらんだ気持ちがあったはず。そしてアイリーンの柔らかいフォルムの家具や、ホスピタリティを考えた住宅を作れる能力がうらやましかったのだと私は思います。
でも、当時いじわるをされたアイリーンはたまったもんじゃない。迷惑な存在でしかなかったんですけどね……。
登場するモダニズム黎明期の有名人にも注目!
この映画には、アイリーンとコルビュジエ以外にも、実在したさまざまな人々が登場しますが、彼らの感情や行動も興味深いものがあります。そんな、人々の思惑や、近代の文化が華やかになっていく時代の趨勢などが複雑に交錯しています。
たとえば、パーティのシーンには、のちに有名になる若き日の女性建築家、シャルロット・ぺリアンが登場します。1940年代に来日し、天童木工でも椅子を作るなどして日本との交流も深かったシャルロットは、コルビュジエのビジネスパートナーにまで駆け上がります。慎重に物事を進めるアイリーンと、時流に乗って奔放にふるまうタイプのシャルロットという、2人の女性の仕事のスタイルは真逆でとても興味深く感じました。
またフランスのシャンソン歌手ダミアや、コルビュジエが影響を受けた画家のフェルナン・レジェ、など1920年代を中心に活躍した人物の言動が物語に華を添えています。
コルビュジエは、近代建築の「神」的な存在。亡くなった時もフランスで国葬になったレベルの偉人です。でもこの映画では、かなり性格も悪くて下衆な「人間・コルビュジエ」に焦点を当てたところが秀逸です。
原題は「The Price of Desire」。この欲望の値段というタイトルが示すものは、見た人それぞれの感じ方次第でしょう。ちなみに邦題の「追憶のヴィラ」から連想されるようなロマンチックさはありません。
建築やインテリアの見どころ満載。生き方の指針を模索している人や人間関係の勉強にもなる映画です。
DATA
ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ
出演: オーラ・ブラディ, ヴァンサン・ペレーズ, フランチェスコ・シャンナ, アラニス・モリセット, ドミニク・ピノン
監督: メアリー・マクガキアン
字幕: 日本語
販売元: トランスフォーマー
発売日 2018/06/02
時間: 108 分