古澤厳さんと高橋悠治さんによるブラームス作曲ヴァイオリン・ソナタ全曲の録音。イラストもかわいい
せっかくの休日なのに、朝起きて窓の外を見たら雨……。かといって気持ちまでジメジメしていては勿体ない! 雨の日に迷わず聴く音楽と言えば、クラシック音楽ドイツ・ロマン派の巨匠ブラームスが作曲したヴァイオリン・ソナタ第1番。
雨にまつわる楽曲であることから『雨の歌』という通称で知られています。名曲ゆえ多くの録音が存在しますが、私の愛聴盤は、ヴァイオリニスト古澤厳(ふるさわ・いわお)とピアニスト高橋悠治(たかはし・ゆうじ)によるもの。おこもりのrainy dayでも気持ちが豊かになれる一枚です。
ブラームスの淡い恋心を感じる(?)『雨の歌』
ベートーヴェンを継ぐ作曲家として評価されるヨハネス・ブラームスは、これまた偉大な作曲家として名を残すロベルト・シューマンに師事していました。ブラームスは師匠を尊敬する一方、その妻であり、名ピアニストとしても知られたクララ・シューマンに恋心を抱いていたと言われます。
そんなクララがブラームスに紹介した詩人がクラウス・グロート。そしてブラームスはグロートの詩『雨の歌』にメロディーを付け、歌曲としてクララに贈りました。
『雨の歌』の詩の内容と言えば「雨よ、降り、私が子供の時に夢見ていた夢を呼び覚ましたまえ」と言ったロマンティックなもの。そして、この歌曲の旋律を第3楽章に用いて、ブラームスが新たに命を吹き込んだのが、今回ご紹介するヴァイオリン・ソナタ第1番なのです。
1楽章は、柔らかな和音の伴奏に乗せてヴァイオリンがつややかにメロディーを奏でます。2楽章では、クララの息子が病気の際にブラームスが送ったメロディーが用いられており、少し内面に迫るような音楽。
3楽章は、前述のとおり歌曲『雨の歌』の旋律が使われ、内に秘める熱い思いが穏やかな曲調から時に溢れ出ます。曲の最後で、すべてを解決するようなヴァイオリンがゆっくりと一音一音下降するところが美しく、心が優しさで満たされるように感じます。
クララはこの曲を深く愛し、「天国に持って行きたい」と言ったそうです。雨にまつわる曲は他にも様々ありますが、深い内容を持ち、聞き流すにもうるささがない『雨の歌』は、雨の日のBGMにぴったりなのです。
古澤厳×高橋悠治 孤高の異色コンビが紡ぎ出す、自然の美を見せるブラームス
私のイチオシの演奏は、ヴァイオリニスト古澤厳とピアニスト高橋悠治によるもの。古澤厳さんと言えば、若くして東京都交響楽団のソリスト兼コンサートマスターを務めるも、クラシック音楽に限らない様々なジャンルの音楽との共演で知られる日本を代表するヴァイオリニストの一人。一方の高橋悠治さんは、現代音楽の作曲家であり、現代音楽演奏のスペシャリストとしてこれまた世界的に知られるレジェンドです。別の世界で最前線を歩んできたエッヂの立った異色のコンビの演奏ゆえ、最初は興味本位で聴いたのですが、二人と縁遠いとも思えたブラームスにて、知性と情熱がバランス良く両立。穏やかななかに自由な煌めきが突如現れる高橋悠治さんの伴奏に乗せて、古澤巌さんが安心してカンタービレを歌い切る味わい深さ。ブラームスが、クララが、雨が、様々な思いが音に乗り、恵みの雨のように優しく大地に降り注ぎ、消えていきます。
古めかしいクラシックの演奏ではなく、お互いのリスペクトから生まれる命の雫のようなみずみずしさが印象的で、雨すら愛おしくなるような慈愛に満ちた音に溢れています。
雨の日だから感じられる、感じたくなる、恋心、優しさ、人生、信頼、自由さ。ね、雨の日も悪くなく思えてきませんか?
DATA
エイベックス・マーケティング|ブラームス ヴァイオリン ソナタ全集
演奏:古澤巌、高橋悠治