綿引さやか ハリウッド・ボウル出演を経て感じる“歌の極意”
綿引さやか 東京都出身。主な出演作に『レ・ミゼラブル』エポニーヌ役、『ジャージー・ボーイズ』『Beautiful』『SONG&DANCE65』『リトル・マーメイド イン・コンサート』『In This House~最後の夜、最初の朝~』等。昨年、米国Hollywood Bowlで行われた『「Beauty&the Beast」IN CONCERT』に唯一の日本人として出演を果たした。
それぞれの感性を“音の質感”に生かす ――綿引さんは昨年、ハリウッド・ボウルでの『美女と野獣』コンサートに出演されました。『リトル・マーメイド』『アラジン』『ノートルダムの鐘』でもお馴染みのアラン・メンケンの作品ですが、彼の音楽について、綿引さんはどんな特色があると感じていますか?
「わくわくするメロディの中に、切ない音がそっと加えられていたり、切ないメロディの中に、一筋の光のような音が加えられていたり。そんな音楽に感じられて、とても惹かれます」
――彼の音楽を歌うのに求められるものは何だと思いますか?
「想像力と、“音楽が連れて行ってくれる場所に身を任せてみること”かな、と思いますね」 ――ハリウッド・ボウルではブロードウェイで活躍する米国人俳優たちと切磋琢磨されましたが、現地ではどんな歌唱が評価されると感じましたか?
「当時はとにかく必死で、なかなか客観的に考える余裕が無かったのですが、思うがままに個性を出していいんだな、というのが一番の気づきでした。自分が感じている感覚、音の質感をそのまま素直に出すと、皆さん感覚が違うのでバラバラの音になる。でもその結果、とてもカラフルなコーラスになるんです」
――みんな同じ歌い方だと“合唱団”のように聞こえてしまう。そうではなく“キャラクターたちのコーラス”が求められた、ということでしょうか。
「そうかもしれないですね。ソロで歌う部分もありましたが、コーラスを歌う時ははじめ“(メインキャラクターの)邪魔をしてはいけない”という感覚でした。でも実際は、それは全く関係ないという感じで、音を正確にとるといった基本的な部分は揃えますが、それ以外の“色”はそれぞれに出すことを求められたんです」 ――例えばどちらのナンバーで?
「最初に工夫したのは“Be Our Guest”ですね。フォークやケトル、ワインといろいろなキャラクターが登場するナンバーで、同じパートを歌っていても、それぞれに音の質感が違って楽しいんですよ。私も一つ一つの音に対して、自分が感じる質感をどんどん入れていきました。例えばある個所で“お湯がわいたような音で歌って”というリクエストがあって、みんなでわっと歌いだすと、全然違う質感でみんなが歌いだすんですね」
――ピーというケトルがあれば、ポコポコ鳴るケトルもある、みたいな?
「そうです、そうです(笑)。かわいいケトルを想像する人もいれば、古いケトルを想像する人もいて。冒頭の“Ah~”というコーラスについても“自分が料理だと思って”と言われると途端に皆さんカラーを出してきて、面白かったです」
“己を知る”ことが“オンリーワンの歌唱”に繋がってゆく
『Beauty & the Beast at Hollywood Bowl』 より。Gaston & Bell (Taye Diggs & Zooey Deschanel) photo : Randall Michelson
「細かい技術については分析しきれないほど素晴らしかったけど、ダイナミックというか、おそらく見えているものの広さが全然違うと感じましたね。それは単に声が大きいということではなくて、心の中に動いている感情のエネルギーがものすごくパワフルなんです。こういうふうに、人の心を突き動かせるような歌声が出せるといいなと思いました」
――そのためには、お肉をたくさん食べれば……というものでもないのでしょうね。
「そうですね。今回、もう一つ気づいたのが、“型にはめる”という概念を完全になくすというということ。この曲、この音はこう歌うと初めから決めるのでなく、まっさらな状態でその音や楽譜ともう一度出会いなおすことが大切だと思えました。それによって“オンリーワン”の歌が歌えるようになる。今はそこを目指して頑張っています」 ――よく、日本人は体格的に不利と言われますが、そういったことは感じましたか?
「私も渡米まではそう思っていて、彼らは体の作りが違うからあれだけ声が出ていいなとも思っていたのですが、ハリウッド・ボウルを経験したことで、逆に小柄だからこその声の繊細さであったり、私だからこそ出せるものもあるんじゃないかと思うようになりました。もちろんダイナミックな音には憧れますし、それは追求しつつも、他の人が持ってないかもという視点で自分の声、体を見つめなおすといいかも、と思えたんですね」
――“それいいね”と言われたり?
「例えば“ガストン”というナンバーで、それまでどこか型にはまりに行こうとして迷っていたのが、“自由にやっていい”と気づいて、ただノるだけの振付も楽しくやっていたんですよ。そうしたら皆が“その首の振り方どうやるの?ビビのスタイル?”“真似していい?”と言ってくれて。振付家の方まで“ちょっとみんな~。ビビ、みんなにやって見せて”と。
序盤の朝の風景のナンバーでも、足踏みして出ていくところでプロデューサーさんが“『サウンド・オブ・ミュージック』みたいな感じで”とおっしゃって、私の大好きな映画なので7人きょうだいの行進みたいな感じかな、と思いながらやったら“それそれ!”と喜んでくださって。怖がらずにやっていいんだな、ちゃんと受け止めてくれるから、と思うようになりました。それ以来、日本人の自分には不利という感覚が“私にできることは何だろう”という(ポジティブな)考え方に変わっていきましたね」 ――でもそれも、プロデューサーさんが挙げた作品を既にご覧になっていたからこそ。地道に知識を蓄えておくことも大切ですね。
「そうですね。それに加えて、今の自分が持っている武器を知るということが大事なのかなと思います。正直、英語ももっと喋れればコミュニケーションがたくさんとれたし、もっと歌えたらもっとのびのび舞台に立てたでしょう。“もっと”と思ったこともたくさんあったけど、今の自分ができるベストを尽くしたという感覚は確かにあります。「あれもできないこれもできない」より「これはできるあれもできる」という方向に向いていくといいのかな、と感じています」
“歌う”“喋る”のバランスを探求する
――ハリウッド・ボウルで得た“気づき”をふまえて、綿引さんが歌唱において心掛けていらっしゃることをうかがいたいのですが、まずご自身的に、自分のカラーを最も出せていると実感できるのはどの曲でしょうか?
「しっかり楽譜と向き合ってきた曲には、やはりカラーが出てくるもので、(『レ・ミゼラブル』で演じたエポニーヌ役のナンバー)“On my own”ですね。(ミュージカルの歌は)ただ歌うのではない、ということに気づかされた曲です。楽譜をいただくとまずは正確に覚え、次にそこに(ニュアンスを)足していく作業に入るのですが、私は“歌わなければいけないところは歌わない。歌わないところは歌う”ということを心掛けています。つまり、音のあるところはなるべく“歌っている”感覚を無くし、喋るように意識する。いっぽう、歌っていないときは楽譜上は“休符”ですが、そこにもいろいろ(心の動きが)詰まっているような気がするので、心の中で喋ったり。たとえば冒頭の“またあたしひとり 行くところもないわ”は(メロディに乗るという)ルールを守りつつ、喋っている感覚。この歌を歌う人がたくさんいる中で、メロディは同じでも、私しか歌えない歌を作るためには、そういうところを大切にしたいと思っています」 ――喋りつつもメロディに乗るというルールは守る。そのバランスが難しそうですね。
「はい、終わりがないけれど、(そのバランスを)探求し続けないといけないと思っています。自分の物語というか、自分の歌として歌えるようになっていきたいですね」
――一つ一つの音にこだわり、豊かにふくらませて歌う方もいらっしゃいますが、綿引さんはいかがですか?
「一個の音を発するだけで、そこにいろんな色や景色が見えてくるって素敵ですよね。私もそうなりたいので、一つ一つの音の質感にはこだわります。その音がふわふわなのか硬いのか、冷たいのかあったかいのか。“On My Own”でも、“めざめる”と歌う時に一個一個の音、全部が冷たいのか、“め”は暖かいのか、三つ目の“め”は石畳のごつごつした感じなんだろうか、と想像するのが好きですね」
――新劇の役者さんが台詞の一言一言に対して吟味される作業のようですね。
「そうですね。お芝居も歌も表現を追求していくという部分では同じですね。」
――頭の中でこうやりたいと思っても、時には思うようにならないこともありますか?
「その曲が好きなだけに印象が既に記憶されていて、どこかで道が勝手についてしまうことはありますね。もっとありのままに歌いたいのに、自然とダイナミックな歌唱になってしまったり。そういう時は、自分自身はその曲をどう考えるか、に立ち返るようにしています。例えば以前(『ノートルダムの鐘』の)“僕の願い”を歌うことがあって、これはカジモドの歌ですが、お客様が“これは私たちの歌だ”と、自分の人生とリンクしていただけるような歌唱を心掛けました。違う角度からとらえてみると、名曲には何通りも想像の余地があるんですね。そういったアプローチにも挑戦していきたいです」
敢えて困難な課題に挑む ――『ジャージー・ボーイズ』ではソロだけでなくコーラスを究めたり、劇団四季のレパートリーを凝縮したような演目『ソング&ダンス』に出演されたりと、様々なチャレンジを続けていらっしゃいますね。
「『ジャージー・ボーイズ』では中川晃教さん演じるフランキー・ヴァリの妻メアリーとコーラスを担当させていただきましたが、コーラスでは特に“ブレンド感”がテーマでした。フォーシーズンズの4人が歌うシーンでは、4人の声に重ねて私たちがそれぞれと全く同じパートを歌っていることが多いので、いかに私たちの声を4人の中に溶かしていくか、調和させていくか。まるで4人だけが歌っているかのように完全にブレンドされた瞬間はなんとも楽しく、興奮しました。
『ソング&ダンス65』は劇団四季さんにとって大切な作品で、そこに外部から入れていただけることになって、まずは劇団の歴史を資料室で勉強しました。いただいた枠は『オペラ座の怪人』のクリスティーヌや『壁抜け男』のヒロインをはじめとするソプラノ枠で、私はそれまで地声で歌う役どころが多かったので驚きましたが、期待に応えようと、ソプラノパートの声づくりをいちから行いました。いつもは舞台に立つと活き活きしちゃう私ですが(笑)、演目全体のメッセージが込められている(『ウェストサイド物語』の)“サムウェア”を幕開きに歌うとあって、人生でこんなに緊張したことあるかなというくらい緊張しました。まだまだできることはあったかなと思うけど、行ったことのない場所に行かせていただいたなという感覚はあります。
ハリウッド・ボウルでもそうでしたが、できないこと、まだまだと思える場所にいると苦しいしもがくことばかりですが、そこからふっと出られると、変身できたと思える。そういう場所で挑戦できるのはすごく有難いことですし、これからも積極的に取り組んでいきたいです」
――海外も含めて、ですね?
「とても興味がありますし、絶対また挑戦したいですね。ハリウッド・ボウルではコンサート版でしたが、ミュージカル本編にも挑戦したいですし、英語のレッスンも続けています。ハリウッド・ボウルの時には、1か月の滞在でいろいろ吸収してこようと思っていたけど、吸収したいことが多すぎて(笑)、私の中でもまだ未消化のものが残っているんです。それを確かめるためにも、またぜひ行きたいなと思っています」
――例えばどんな作品、どんなお役で?
「中学生の時からあこがれているのが(『美女と野獣』の)ベル役です。ハリウッド・ボウルの出演機会を下さったプロデューサーのリチャードさんに“いつかきっと演じたいと思っています”とお話したことがあるのですが、それ以来、彼はお会いするたびに“Hi, Belle”と挨拶してくれまして。ちょっとずつ魔法をかけてくださっているような気がしています」
*ライブ情報*
『綿引さやかソロライブ』2019年2月13日14:00(残席僅か)、19:00(完売)=Jz Brat (渋谷セルリアンタワー2階) インタビューでも言及した「Somewhere」(ウェストサイドストーリー)はじめ、「Think of me 」(オペラ座の怪人)等のミュージカル・ナンバー、ディズニー、POPSの名曲を披露する予定。