2018年6月の注目ミュージカル

紫陽花の季節、劇場街では花園が舞台の愛と再生の物語『シークレット・ガーデン』や、シリアスなテーマを笑いと音楽で包んだ『夢の裂け目』、奇想天外なロマンが楽しい『タイムトラベラー』など、様々なミュージカル・音楽劇が登場します。今月も少しずつ記事を追記してゆきますので、どうぞお楽しみに!

(筆者Marino Matsushimaをツイッターでフォローいただけますと、記事更新時にお知らせします)

<INDEX>
『シークレット・ガーデン』←観劇レポート&演出・スタフォード・アリマさんインタビューをUP!
『夢の裂け目』←観劇レポートをUP!
『タイムトラベラー』←沼尾みゆきさん・宮崎誠さん(崎は旧字/たつさき・以下同)インタビューをUP!
『銀河鉄道999 GALAXY OPERA』←観劇レポート&演出・児玉明子さんインタビューをUP!

『シークレット・ガーデン』

6月11日~7月11日=シアタークリエ

【見どころ】
『シークレット・ガーデン』

『シークレット・ガーデン』

バーネットの児童文学『秘密の花園』を1991年に舞台化し、脚本賞・セットデザイン賞・助演女優賞を受賞した佳作が、90年代の来日版を経て、この度初めて、日本人キャストで上演されます。

駐在中のインドで流行り病によって両親を失った少女メアリーは、英国の叔父に引き取られるが、その屋敷にはある秘密が眠っていた……。

ルーシー・サイモン(『ドクトル・ジバゴ』)の優しくメロディアスな音楽に彩られた“喪失と再生の物語”を、今回はNYでコンサート版を演出したことのあるスタフォード・アリマ(『アリージャンス』)が演出、叔父アーチボルド役に石丸幹二さん、その亡き妻リリー役に花總まりさん、弟ネヴィル役に石井一孝さんら、豪華キャストが集結。またメアリー役のwキャスト・池田葵さんは『アニー』タイトルロールのほか、コンサート版『秘密の花園』でこの役を演じたことがあり、もう一人の上垣ひなたさんも『ライオンキング』ヤングナラ役等で活躍。難曲揃いのメアリー役をどう演じるか、注目されます。

【観劇レポート】
思いを残して逝った人々と生ける者が
“庭”を介して奇跡を起こす、至上の愛の物語


*若干のネタバレを含みますので、未見の方はご注意ください。
『シークレット・ガーデン』(C)Marino Matsushima

『シークレット・ガーデン』(C)Marino Matsushima


柔らかな音色のオーバーチュアが場内を包み、スポットライトが舞台下手(左)に座り込む少女メアリーを照らし出す。背後の巨大なパネルが開くと、草木を模した一面の透かし彫りの世界に、ブランコに乗った女性が一人。メアリーに手を差し伸べ、歌いながら“庭”へといざなうその姿は慈愛に満ち、同時に何かを訴えかけているようにも見える……。
『シークレット・ガーデン』(C)Marino Matsushima

『シークレット・ガーデン』(C)Marino Matsushima


チャントを詠うインドの苦行僧の登場とともに、場面はメアリーが流行り病で両親を失う光景へとフラッシュバック。大人たちが次々と倒れて行く様が一輪の薔薇を受け渡すしぐさで表され、孤児となったメアリーは英国に住む叔父アーチボルドに引き取られることに。荒野の邸宅に到着した彼女は、夜ごと誰かの泣き声を聞き、蝋燭片手に声の主を探すが、いっぽうではアーチボルドも、10年前に亡くなった妻リリーの面影を求め、迷子のように邸内をさ迷っていた……。
『シークレット・ガーデン』(C)Marino Matsushima

『シークレット・ガーデン』(C)Marino Matsushima


心に傷を抱えた少女が、ヨークシャーの自然に抱かれて成長し、自らも小さな奇跡を起こしてゆくという原作小説の骨子はそのままに、彼女を取り巻く大人たちの愛と悲しみを深く掘り下げ、二つの世代のドラマを重層的に描いたミュージカル版『シークレット・ガーデン』(脚本・マーシャ・ノーマン)。

美しくも親しみやすい楽曲(ルーシー・サイモン)を自在に歌いこなすキャストに恵まれた今回の日本版は、“ドリーマーズ”という、幽霊とも記憶の中の面影ともつかぬコロスを生かしたスタフォード・アリマ氏の演出によって、現在と過去が縄あざなうように入り組みつつ、愛によってすべてが救われる大団円へと流麗に導かれてゆきます。
『シークレット・ガーデン』(C)Marino Matsushima

『シークレット・ガーデン』(C)Marino Matsushima


この“喪失と再生の物語”を力強く牽引するのが、アーチボルド役の石丸幹二さん。初登場の瞬間から前かがみ気味の姿勢で神経質そうに書物の頁を捲り、妻の死によって偏屈なまでにふさぎ込む様子が見て取れますが、回想シーンでは一転、背筋を伸ばし、リリーとの出会いをこの上なく幸せな表情で思い出し、ステップを踏みます。
『シークレット・ガーデン』(C)Marino Matsushima

『シークレット・ガーデン』(C)Marino Matsushima


またメアリーから“大地を少しいただけますか?”と問われるくだりでは、その息をのむリアクションから、彼がメアリーとリリーを重ね合わせていることが伝わり、眠れる我が子に物語を聞かせる“Race You To The Top Of The Morning”では、自分のせいで病弱に生まれた(と思っている)息子への屈折した愛を、そして孤独感を紛らわそうと旅しながらも“どこなら生きていける 君の愛なしで”と歌う“Where In The World”では、惜しみない声量でやるせなさを表現。アーチボルドの暗い内面をきめ細やかに見せることで、終幕、“奇跡”を目にした瞬間の喜びが際立ち、大きな感動を呼び起こします。
『シークレット・ガーデン』(C)Marino Matsushima

『シークレット・ガーデン』(C)Marino Matsushima


そして本作のシンボルとも言えるのが、死して愛する人々に寄り添い、彼らを救おうとする女性、リリー。庭作りを、そしてアーチボルドをこよなく愛した彼女は、荒れ果てた庭の再生を通して人々の心が癒されるよう、メアリーを庭の入口へと導きます。
『シークレット・ガーデン』(C)Marino Matsushima

『シークレット・ガーデン』(C)Marino Matsushima

演じる花總まりさんは儚げなシルエットと優しい物腰が役柄にぴたりとはまり、ゆっくりと生者たちに差し伸べる腕の動き・形も印象的。その瞳と歌声には思いが溢れ、彼女がアーチボルドの想念の中でついに彼と目を合わせ、抱き合い、歌うクライマックス(“How Could I Ever Know”)は、悲しみと歓喜が同居する至上のラブシーンとして、目に焼き付くものとなっています。
『シークレット・ガーデン』写真提供:東宝演劇部

『シークレット・ガーデン』写真提供:東宝演劇部


いっぽう、アーチボルドの弟、ネヴィルはかつて密かにリリーを愛するも彼女は兄を選択。屈折した心情から体の弱い甥コリンには医師として過剰な医療を施し、兄には屋敷を出て行くよう示唆するという“悪役”的な役回りですが、このミュージカルでは彼の内面も丁寧に描かれ、アリマ氏の演出がそれを強調。

石井一孝さんのネヴィルは“二枚目”の延長線上にあり、リリー喪失の痛みゆえに彼も道を見失い、全てを遠ざけたいという願望に囚われた人物として映ります。アーチボルドと共にリリーを追慕する“Lily’s Eyes”等のナンバーで誠実な歌声を聴かせる石井さんですが、部屋に現れたメアリーに座っていた椅子を譲らざるをえなくなるくだりなど、ちょっとした場面でくすりとさせる。そのユーモアセンスが役に人間味もプラスしています。
『シークレット・ガーデン』(C)Marino Matsushima

『シークレット・ガーデン』(C)Marino Matsushima


屋敷の泣き声の正体がコリンであることを突き止め、リリーの“秘密の花園”も発見して屋敷に希望をもたらす主人公メアリーは、はじめはひねくれもので生意気な口をきく“大人びた”女の子として登場しますが、おおらかな召使のマーサやその弟のディコン、庭師のベン爺さんと触れ合い、庭に通ううち、頑なな心がほどけ、みるみるうちに伸びやかに。
『シークレット・ガーデン』(C)Marino Matsushima

『シークレット・ガーデン』(C)Marino Matsushima

内面の大きな変化を見せるキャラクターであり、童謡風から大人との重唱まで様々なナンバーも歌う難役ですが、演じる池田葵さんはキャラクターを的確にとらえ、不機嫌な表情から子供らしい笑顔への変化も鮮やか。上垣ひなたさんは少女らしい、澄んだ歌声が魅力的です。
『シークレット・ガーデン』写真提供:東宝演劇部

『シークレット・ガーデン』写真提供:東宝演劇部


医師ネヴィルから病弱さを強調されて育ったコリン役の大東リッキーさん、鈴木葵椎さんも、死への恐怖の中で我儘に育ってしまった少年を、車椅子上でほとんど体を動かさない状態で懸命に体現。
『シークレット・ガーデン』(C)Marino Matsushima

『シークレット・ガーデン』(C)Marino Matsushima


またマーサ役の昆夏美さん、ディコン役の松田凌さんは明るく生命感に満ち、彼らが”神がかった”メアリーとともにインドのまじないを唱える“Come Spirit, Come Charm”は、本作全体の中でも大きな見せ場に。

マーサがめげかけたメアリーを励ます“Hold On”での昆さんの溌溂たる歌唱、自然の摂理を民謡風のフレーズも取り入れて語る“Winter’s On The Wing”での、松田さんの丁寧な歌唱も光ります。ベン爺さん役の石鍋多加史さんも、ヨークシャー地方の表現として今回採用されている東北弁を自然に操り、地に足をつけ生きてきた人物を体現。
『シークレット・ガーデン』(C)Marino Matsushima

『シークレット・ガーデン』(C)Marino Matsushima


また本作ではその他の役を演じる役者が“ドリーマーズ”を兼ね、コーラスを聴かせますが、メアリーの母で彼女の愛し方が分からぬままに亡くなってしまったローズ役の笠松はるさんを筆頭に、表現力・歌唱力ともに卓越したキャストにより、今回の公演では楽曲の美しさがいっそう浮き彫りに。

特に折に触れて一節、二節、メアリーに向かってソロを歌う彼女の父・アルバート役の上野哲也さんが愛情深くも寂しげで、本作がリリーだけでなく、この世に思いを残して逝った多くの人々が、生者たちを見守る物語であることを感じさせます。
『シークレット・ガーデン』(C)Marino Matsushima

『シークレット・ガーデン』(C)Marino Matsushima


現在と過去を行き来し、時には両者が溶け合うなかで、希望へと辿り着く日本版『シークレット・ガーデン』。“溶け合う”瞬間の切なくも愛おしい感覚こそは、海外育ちではあれ、日本の血を引くアリマさん演出ならではの味わいなのかもしれません。

【演出・スタフォード・アリマさんインタビュー】

才能と気概に満ちた日本の方々との仕事に
喜びを感じています

スタフォード・アリマundefined1969年カナダ・トロント生まれ。15年にブロードウェイで開幕した『アリージャンス』(ジョージ・タケイ、レア・サロンガ出演)を演出。そのほかの演出作に『キャリー』『アルター・ボーイズ』『ラグタイム』『bare』等。17年4月からシアター・カルガリーの芸術監督を勤める。(C)Marino Matsushima

スタフォード・アリマ 1969年カナダ・トロント生まれ。15年にブロードウェイで開幕した『アリージャンス』(ジョージ・タケイ、レア・サロンガ出演)を演出。そのほかの演出作に『キャリー』『アルター・ボーイズ』『ラグタイム』『bare』等。17年4月からシアター・カルガリーの芸術監督を勤める。(C)Marino Matsushima

――アリマさんは今回が初来日なのですか?

「いえ、3回目です。祖父母が広島出身ということもあり、1980年に3週間ほど京都・広島・東京を家族旅行したことがあります。それから随分時が過ぎて昨年、本作のオーディションと打ち合わせのために再来日。そして今回が3度目の来日です」

――今回はどんなご縁で演出を担当することになったのですか?

「2000年ごろ、当時住んでいたNYでマリコさん(東宝・小嶋麻倫子プロデューサー)と出会い、互いにミュージカル愛を語り合うなかで“いつか日本でお仕事を”と言われたんです。その後東宝さんで『シークレット・ガーデン』を上演することになり、ちょうど私が本作のコンサート版を2度演出したことがあるのを知り、ぴったりではということで声をかけていただきました」

――オリジナル・ブロードウェイ・プロダクションはヴィクトリア朝の絵本を模したセットが非常に印象的でしたが、今回は全く新しいプロダクションになるようですね。

「私はオリジナル・プロダクションを観ていませんが、今回は日本のキャストと日本のデザイナー、振付家と僕が組ませていただくことで、全く新たな“オーガニック・プロダクション”をお届けできると思います。

ヴィジュアルについては、舞台美術のルミさん(松井るみさん)ととことん話し合いました。

本作は(屋敷の主人、アーチボルドの亡き妻)リリーの視点で語られ、彼女が(インドで両親を亡くした姪)メアリーに“私のお庭へいらっしゃい”と呼びかけるところから始まります。そして紆余曲折があり、全てが癒されたと感じ、リリーは人々に別れを告げる。その間、ドリーマーズという“この世の者でない”キャラクターが登場したり、場面が現在と過去を行き交ったりと、とても映画的な作られ方をしている舞台です。

今回、シアタークリエという、お客様がキャラクターと“繋がる”のにちょうどいいサイズの劇場で上演するにあたり、僕らは抽象的で、印象派的なセットを使おうと決めました。以前、コンサート版を演出した際、僕はセットも衣裳も小道具も全く使いませんでしたが、それでも観客はメアリーがアーチボルド一家を治してゆく過程を観て大いに笑い、そして泣いていらっしゃいました。今回は美しい衣裳やセットを使いつつも、物語をしっかり伝えられる舞台に仕上がると信じています」

――今回のキャストについて、コメントをお願いできますか?
アーチボルド役・石丸幹二さんundefined写真提供:東宝演劇部

アーチボルド役・石丸幹二さん 写真提供:東宝演劇部

「今回の出演者たちのことを私は事前に知りませんでしたが、今回、3週間半ご一緒してみて、彼らが非常に才能豊かで、いい歌手であるだけでなく優れた役者であることを知りました。例えばカンジさん(石丸幹二さん)。彼は本作の“フォース”、カンパニーを牽引する存在ですね。人間的に優しく、役者としては柔軟。聡明で常にキャラクターの芯をとらえ、目の覚めるような表現をする方です。稽古初日から、アーチボルドの背中のコブをどう肉体化するか理解していました。全く抗いがたい(魅力のある)表現者です。
リリー役・花總まりさんundefined写真提供:東宝演劇部

リリー役・花總まりさん 写真提供:東宝演劇部

ハナちゃん(花總まりさん)は“内も外も美しい”人です。実際にお子さんはいらっしゃらなくとも天性の母性があり、子供との接し方を理解している。彼女が演じるリリーという役は、歌は歌っても“会話”はほとんどない役なので、私は今回、彼女を舞台上に織り込もうと、ただ横切ってもらうような演出をつけています。その時の彼女の瞳が魅力的で、何もしなくても瞳で物語を伝える。そして天使のような声で歌いだす。理想的なリリーです。演出家として、彼女の声と瞳は(本作を上演するにあたり)実に理想的なツールです。
ネヴィル役・石井一考さんundefined写真提供:東宝演劇部

ネヴィル役・石井一考さん 写真提供:東宝演劇部

カズさん(石井一考さん)のネヴィル(アーチボルトの弟)役はパーフェクトなキャスティングです。台本の一字一句を大切にしており、原語と翻訳を比較しながら、役に身を投じている。彼が本作をさらに深く知ろうとたくさん質問してくるのを、私はとても楽しんでいます。

メアリー役のアオイとヒナ(池田葵さん、上垣ひなたさん)はタイプの異なるお子さんで、それがメアリー役の造型に投影されています。どう異なるか、ぜひ舞台を2回御覧いただきたいですね(笑)。メアリーとコリン(アーチボルドとリリーの息子役)は大人と絡むナンバーもあり、非常に難しい役なのですが、アオイとヒナ、そしてコリン役の二人(大東リッキーさん、鈴木葵椎さん)はいつも真剣な眼差しで、一生懸命取り組んでいます。才能とやる気のあるキャストとの仕事に、とても喜びを覚えます」

――ご自身についても少しうかがわせてください。アリマさんは現在お住いのカルガリーのお生まれなのですか?

「いえ、トロント出身です。20歳過ぎまでトロントにおり、その後20年ほどNYで暮らし、昨年カルガリーの「シアター・カルガリー」の芸術監督に就任し、移ってきたところです。

演劇に興味を持ったのは11歳の時。家族でLA旅行に行った時、芝居好きの母に無理やり『エビータ』に連れていかれたんです。僕としてはディズニーランドやユニバーサル・スタジオに行きたかったのに、どうして劇場? それに『エビータ』は今の『ハミルトン』のような人気作で、(唯一チケットが残っていた)最後列に座らされ、すっかりふてくされて椅子によりかかっていました。幕が開くと遠くのステージ上の人々は“まるでありんこみたい”と思えましたが(笑)、いつしか引き込まれ、最後には前のめりになっていて。何をどうしたらいいかわからなかったけれど、演劇に関わりたい一心で、はじめは俳優を目指しました。

大学(ヨーク大)で恩師に演出を勧められ、軌道修正をした私は卒業後、プロダクションの事務所で受付係をしていたのですが、94年だったか、この会社がハロルド・プリンス演出の『ショーボート』カナダ公演を上演することになり、ぜひ関わりたいと思いました。

上司に“稽古に参加したい”と直訴しましたが、“ダメだ。君は受付係なのだから、オフィスで座っていなさい”と言われ、それなら、とハロルドに手紙を書いたところ、なんと演出助手をさせていただけることになったんです。これは僕の人生にとってとても大きなことで、以後は履歴書に『ショーボート』でハロルド・プリンスの助手を勤めたと書くだけで一目置かれました。

彼には大変感謝していますが、それも僕があの時、手紙を書かなければ起こらなかったこと。世の中には、“あちらは有名人、こちらは無名”というだけで委縮して何もしない人が多いかもしれないけど、行動しなければ何も起こらない。「一生懸命さ」と「忍耐」と「少しの才能」があれば夢はかなう、と僕は信じています。そしてこの30年間、僕は素晴らしい仕事をさせてもらっています」

――『シークレット・ガーデン』を機に日本でのご活動も増えてゆくのではないでしょうか。

「日本語こそ話せませんが、僕のルーツは日本ですし、今回ここで仕事をしてみて、日本人の血を再確認しました。ぜひまた戻ってきたいですね」

――では最後に。アリマさんにとって、演出家という仕事の喜びとは?

「三つあります。一つは、役者さん、クリエイター、プロデューサーなど、他のアーティストと仕事が出来ること。二つ目は、舞台には人を“癒す”可能性がある、ということ。そしてもう一つ。『シークレット・ガーデン』のコリン役の男の子たちを見ていると、“僕がこの子たちくらいの年だったころ、僕は『エビータ』を観て舞台の仕事を夢見たんだなぁ”としみじみ思う。その夢を今現在、生きているということが喜びです」


『夢の裂け目』

6月4~24日=新国立劇場

【見どころ】
『夢の裂け目』

『夢の裂け目』

“難しいことを易しく”をモットーに、骨太のテーマを笑いや音楽をふんだんに取り入れて劇化した井上ひさしさん。彼が新国立劇場に書き下ろした“東京裁判三部作”のうち、第一弾の『夢の裂け目』が、新キャストで上演されます。

終戦後、とある紙芝居屋の主人公が東京裁判に呼び出され、検察側の証人を務めることになるのだが……。

初演から本作を演出してきた栗山民也さん(『スリル・ミー』『デスノート』)が今回も演出を手掛け、段田安則さんが主人公を演じます。また保坂知寿さん、唯月ふうかさん、吉沢梨絵さん、上山竜治さんといったミュージカル・ファンにお馴染みの方々が共演。『三文オペラ』等、クルト・ヴァイルの楽曲14曲を井上ひさしさんの歌詞で歌うという本作の趣向を、音楽性豊かに体現してくれそうです。

【観劇レポート】

『夢の裂け目』撮影:撮影:谷古宇正彦

『夢の裂け目』撮影:撮影:谷古宇正彦


舞台前方に四角く切り抜かれた、二つの穴。そこから管楽器の音色を効かせた演奏が響き、舞台上に人々が現れる。高田聖子さんを皮切りに一節ずつ歌い継ぐソロ。「しゃべる男」と題された冒頭ナンバーを皮切りに、クルト・ヴァイルの楽曲に作者・井上ひさしさん自らが歌詞をつけたナンバー、そして井上作品ではお馴染みの宇野誠一郎さん作曲ナンバーに彩られながら、物語はある日突然GHQ・国際検察局に呼び出され、検察側の証人として東京裁判に出廷することになった紙芝居屋・田中留吉の運命を描いてゆきます。

一人娘に絵描きの岳父、元・芸者の妹、その元・同僚で中国から逃げ帰った女、失業中の映写技師、紙芝居屋の弟子となる元・復員兵、学者くずれの闇ブローカー……と、田中家に出入りするカラフルな面々を巻き込みながら、裁判での体験を再現してゆく留吉。そのうち彼はふと、あることに気づく。これは自分の十八番のある紙芝居と同じ構造なのではないか。そしてその背後には、ある重大なカラクリがあったのだ、と。自分は預言者だったと喧伝する留吉の紙芝居は大賑わいだが、今度は逆に彼の発言が問題となり、留吉は囚われの身となってしまう……。
『夢の裂け目』撮影:撮影:谷古宇正彦

『夢の裂け目』撮影:撮影:谷古宇正彦


個人が体制に抑圧された時代が終戦を持って終結。と思いきや、また別の体制が抑圧者として入れ替わっていた、という強烈なアイロニーの中で描かれる、名声も金も、もちろん何の後ろ盾も持たない、作中では“フツー人”と呼ばれるところの庶民の悲哀。

ここで一般的なストーリーならあくまで“正義”が追求されるところですが、本作では思いがけない方向に転じ、人々は“仕方ないね 生まれた以上は”と開き直る。ヴァイルの代表作『三文オペラ』に通じる、痛烈にしてユーモラスな舞台となっています。

バイタリティ溢れる段田安則さんの留吉を中心に、カラフルにして抜群のアンサンブルを見せるキャスト陣。戦争未亡人で元・芸者の君子をからりと演じる吉沢梨絵さん、学者くずれのブローカー成田に知的な空気を漂わせる上山竜治さん、父の体験や成田の話を咀嚼し、ことの“カラクリ”を知って混乱してゆく娘・道子を透明感をもって演じる唯月ふうかさんといった、ミュージカル界でお馴染みの方々が持ち味を発揮するなかでも、民間検事局に勤めるクリスチャン、川口ミドリ役の保坂知寿さんが出色。

一切の冗談を許さないような“堅物”として登場しながらも、重要な局面で意外な行動をとるこの役を、凛とした中にも人間味を滲ませて演じ、ヴァイルのつかみどころのない旋律も往年のソプラノ・ヴォイスで丁寧に響かせくれます。ミュージカル・ファンとしては、ヴァイルの音楽を新たな視点でとらえる機会ともなることでしょう。

*次ページで『タイムトラベラー』をご紹介します!