基本コンセプトのみをカリフォルニアから踏襲
ポルトフィーノは、つごう十年に渡って人気を博した跳ね馬の入門シリーズ、カリフォルニアのモデルチェンジ版だ。“ポルトフィーノ”とはイタリア人が最も憧れるという、セレブ御用達のオーシャンリゾート。イタリア産馬の呼び名としては、ある意味、カリフォルニアよりもしっくりくる。カリフォルニアは、フェラーリ初のV8フロントミッドエンジンGTで、4シーター(2+2)+リトラクタブルハードトップ(RHT)、というのが基本コンセプトだった。価格的にも、そして実用的にも、よりハードルが低いマラネッロ入門機だったわけで、他ブランド、とりわけドイツ製高性能GTモデルからの乗り換えも増えたという。事実、カリフォルニアシリーズを買った顧客の実に七割が跳ね馬ご新規、だったという。
とはいえ、その後継モデルの開発は、前述した基本コンセプトを継承すること以外、まったくの白紙からスタートした。パワートレーンこそ、カリフォルニアT(ターボモデル)と同じ構成、すなわちF154型3.9L直噴V8ツインターボ+7速DCTとしたが、エンジン、ミッションともに大幅な改良が施されており、フルモデルチェンジにふさわしい内容だ。
そんなポルトフィーノの国際試乗会は、イタリア半島の付け根、かかとのあたりの街・バーリの近郊で開催された。
ロングノーズ&ショートデッキの完璧なクーペスタイル
試乗車としてわれわれに用意されたのは、新色ロッソ・ポルトフィーノ(赤メタ)の一台。メタリックがものすごく細かく、日向と日陰でまるで違う発色をみせる。日向では明るく輝く赤。日陰ではしっとりとしたダークレッドだ。デビュー直後から、スタイリングの評判は高かった。改めてじっくり見てみれば、美しくなったクーペスタイルがその最大の要因だと分かった。RHTを採用するモデル(ミッドシップ以外)でクーペ時のリアセクションが格好いいクルマなど、これまで皆無だったと言っていい。ルーフパネルの小さなミドシップ系では問題にならないが、屋根の大きなフロントエンジン系では、必然、収納部分が盛り上がってトランクまわりが不格好になりがちだった。カリフォルニアでさえ、そんな気配があった。ポルトフィーノは見事にそれを克服している。真横から見ると、ロングノーズ&ショートデッキの完璧なクーペスタイルになっているのだ。
インテリアも新しい。伝統的なT型フォルムを踏襲したダッシュボードは、最近の跳ね馬トレンドに沿ったデザイン言語で仕立てられている。ステアリングホイールもニューデザイン。
エンジンスタートボタンを押すと、V8エンジンが明るく元気に目覚めた。いまどき、このノーテンキさは貴重だ。とはいえ、最近の高性能モデルの常で、イッパツ目の“いななき”こそ盛大だが、ボリュームはすぐにストンと絞られて、落ちついた音を奏でだす。スーパーカーにも最低限の社会性は必要な時代だ。ポルトフィーノのように、毎日乗りたくなる跳ね馬なら、尚さらだろう!
山の向こうに雨雲が見えていたので、今の内とばかりにオープンにする。開閉に要する時間は従来と変わらず14秒程度だが、とにかく開閉作動の音が静かで、動きも見るからに軽い。新開発のウィンドウディフレクターもトランクから取り出して設置した。垂直に立ち上がるタイプではなく、ちょっと前屈みになっていて、真横からみるとまるでタルガトップのような空気の流れになるようだ。
実際、前後のサイドウィンドウを上げて走れば、後頭部への風の巻き込みはほとんどない。頭のてっぺんで髪の毛が多少揺れている程度だ。風を感じたいのであれば、窓とディフレクターを下げよう。ちなみに、RHTは時速40km/hまでなら走行中の操作も可能である。
パドルシフトで一速を選び、ゆっくりと走り出す。カリフォルニアに比べて明らかに身のこなしが軽い。ボディががっちりと強くなっていることも、印象としてちゃんと伝わってくる。カリフォルニアTに比べ、車重が80kg軽く、ボディ剛性はなんと50%も上がって、さらにパワーアップしているというのだから、そう感じるのも当然だ。しかも、4座で開口部が大きくならざるをえないオープンカーだというのに、下半身が引き締まっていて、すかすかした印象がない。ボディが強いから、アシもちゃんと仕事する。硬めのライドフィールであっても、乗り心地は悪くない。これなら毎日、乗りたい。
ひやりとしても、すぐに踏み直していける
電子制御バイパスバルブを備え、エンジンサウンドを3種類に変化。IGNITIONはバルブを閉じてミュートされた控えめサウンドに、COMFORTはバルブが少し開きフェラーリサウンドながら街中などに最適に、SPORTはバルブが開きスポーティなサウンドを奏でる
ターボエンジンの生み出す加速フィールは、まるで大排気量NAのようだ。ターボラグは極めて短く、かといって急激なトルクの立ち上がりも意識させない。自然で力強く、回転が上がるにともなって後アシの蹴る力が増していく感覚は、正にNA的。強大なパワーとトルクを、完全に支配下においているという感覚もドライバーに伝わってくる。ついついアクセルを踏みたくなる。七千回転以上までしっかり引っ張れば、前のめりに電光石火のシフトアップをみせた。
エグゾーストノートもまた、エンジン回転に連動してリニアにボリュームをあげていった。エグゾーストフラップの開閉を細かく制御することで、音の盛り上がりもリニアにするという仕掛け。いきなりどこかの回転数でボリュームアップすることはない。高回転域での澄み切った嘶き=サウンドこそ望めないが、かといって、ターボカー独特の粗暴で無粋な音とも無縁。低回転域でこそやや骨太だが、フェラーリらしい官能サウンドだと思う。
世界遺産の白い街・アルベロベッロで小休止したのちに、近くのワインディングロードへと繰り出した。ゆっくりとアルベロベッロの街中を走りながら、ルーフを閉める。
クルマの完成度がすでに相当高いからだろう。思い切りアクセルペダルを踏み込んでも、“速い”という実感が沸いてこない。けれども、速度計を見れば、とんでもない数字を刻んでいた。とはいえ、不用意に踏み込むと、オシリが簡単に滑った。雨上がりで気温も低く、滑り易い状況でもあったが、ポルトフィーノの強大なエンジンパワー&トルクスペックをようやく思い出したのだった。
もっとも、たとえ滑っても、車体の制御は被害のそれ以上の拡大を決して許さない。ごく自然に修正操作をドライバーに要求したのち、持ち前の電子制御技術で車体の態勢を立て直す。ひやりとした乗り手であっても、すぐさま気を取り直して、踏み直していける。とても優秀でモダンなFRスポーツカーだと、筆者が思う所以である。
ポルトフィーノはあくまでもよくできたGTカー、というのがマラネッロの主張だ。なるほど、カリフォルニアよりいっそう、実用度も増した。荷室の使い勝手はよくなったし、+2の後席もわずかながら広がっているからだ。乗り心地だって、断然に向上している。
とはいえ、そこはやはり跳ね馬である。ポルトフィーノはマラネッロ入門モデルという位置付けでありながら、スポーツカーとしての性能も、さらに磨きをかけてきた。
それが、F1の最前線を走り続けてきた世界一有名な専門ブランドの矜持というものだろう。