映画

『万引き家族』安藤サクラが語る「家族は幸福な修行」

第71回カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを受賞した、是枝裕和監督の最新作『万引き家族』。本作は、犯罪でしかつながれなかった家族の物語で「家族とは何だろう」と考えさせられる作品になっています。この物語のキーパーソンの信代を演じた、主演女優の安藤サクラさんにお話を伺ってきました。

斎藤 香

執筆者:斎藤 香

映画ガイド

安藤サクラさん直撃インタビュー

万引き家族

2018年6月8日公開『万引き家族』出演の安藤サクラさんインタビュー


家族ぐるみで軽犯罪を繰り返すファミリーの日常を描いた是枝裕和監督の最新作『万引き家族』は、第71回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞しました。

子供に万引きをさせる親、年老いた親の年金を頼る子供たちなど、社会問題として話題に上がるテーマを是枝監督のフィルターを通して描いたのが本作です。

是枝監督との出会い、作品との向き合い方、家族についてなど、安藤サクラさんに様々なお話を伺いました。


母になって初めての映画が『万引き家族』で良かった!


―安藤さんは映画『万引き家族』で、初めて是枝監督とお仕事されていますが、出演に至るまでの経緯を教えていただけますか?

安藤サクラさん(以下、安藤):是枝監督と街で偶然お会いしたのがきっかけで、そのとき映画出演の話はありませんでしたが、数か月後に正式にオファーをいただいたんです。

実は、不思議なことに、家族の一員になる子役の佐々木みゆちゃんと私の娘の誕生日が同じだったり、オファーのときにいただいた企画書の日付が私の結婚記念日だったりして、ご縁を感じました。
万引き家族

初めて是枝監督作に参加。居心地の良さに感動


―是枝監督の撮影現場はいかがでしたか?

安藤:
是枝監督の現場は、カメラの前でも、セットの外でも、そこに流れる空気が変わらないんですよ。

これまでの現場では、普通、本番のカチンコが鳴ると独特の緊張感が生まれるんです。空気の粒子がギュっと小さくなるような、真空パックの中にいるような気持ちになるのですが、是枝組はそれがないのです。

とても呼吸しやすいというか、役者がリラックスしてカメラの前に立てる空気を作ってくれるんです。

この映画が産後初めての作品になって本当に良かったです。人を思いやる気持ちに溢れた組だったので、子育てしながら仕事をする自分にとって最高の現場でした。

必死こいて、笑いながら生きることは気持ちがいい

万引き家族

信代は汚いイメージがあったけど、彼女たちは必死に生きていると安藤さん


―万引きという軽犯罪を繰り返す家族ですが、とても温かくて笑顔がたくさん見られますね。その中で生活をまわしている信代という女性について教えてください。

安藤:信代については、撮影に入る前もあとも、素行の悪い女性のイメージがありました。子供に万引きさせているし、家も服も汚いし、何でも菜箸で食べちゃうし(笑)。いつも菜箸を振り回しているので、ずっと汚らしいと思っていました。

でも、こうやって取材でいろんな方と話していると信代の印象が変わってくるんですよ。試写をご覧になったみなさんが「汚い女という印象はないです」と言われるので、それが不思議だなと。
万引き家族

生活費は祖母の年金頼み。信代の妹もワケ有です


―確かに“犯罪をしている家族”と“笑顔いっぱいで仲が良い”というのが、なかなか頭の中で結びつかなくて不思議な気持ちになりました。

安藤:
この家族のしていることは確かに悪いことですが、彼らは必死に生きています。必死こいて笑いながら生きるって気持ちがいいし、いい時間なんだなと、この映画で気付かされました。

信代が、家族と過ごす時間のことを「おつりが来るくらい楽しい時間だ」と言うシーンがあるのですが、私もこの映画に関わって過ごした時間は、信代と同じ気持ちです。


この映画は撮影をしながら形を変えていきました

万引き家族

是枝監督の撮影現場は、とても演じやすく幸福な仕事であったそうです


―是枝監督は、子役に台本を渡さないなど、独特の演出をされますよね。

安藤:ワンシーン、ワンシーン撮りながら関係性を育んでいく現場でした。「こういうシーンを付け加えよう」とセリフもシーンも変化していくので、撮影しながら形にしていくような感じです。

私も今回現場に入るとき、大らかな気持ちでいようと思い、今までで一番何も考えずに撮影に行っていました。

家族に会いに行く、是枝組に会いに行くというスタンスで臨んでいましたね。台本と私の体があれば、あとは何もいらないんじゃないかと思ったのです。

そう思えたのは、家族が築いていく関係性をとても大切にし、登場人物の感情が育むものに沿って、映画を作っていったからだと思います。

私は撮影が終わっても、映画を見ても、信代のことがよくわからないと思っていましたが、それは信代も撮影をしながら形を変えていったからかもしれません。


―登場人物たちは形を変えながら育まれ、その姿がスクリーンの中で映し出されていたということですか?
万引き家族

子役に台本を渡さない演出なので、彼らにとって信代は謎だったと思うと語る


安藤:そうですね。子役の二人、ゆり(佐々木みゆ)と祥太(城桧吏)は台本を渡されていないから、どんな話かわからなかったと思います。

信代のことも「一緒に住んでいるこの人は誰? お母さん?」と謎だったんじゃないかな(笑)。その気持ちが、そのまま映画に現れています。是枝監督の作品は、役者がカメラの前にいない時間もそのまま映し出されるような感じがしました。


家族とは“幸福な修行の場です“

万引き家族

監督に相談しながら信代役を育てていったそうです


―とても自然体で臨まれた撮影のようですが、悩んだりしたことはなかったですか?

安藤:撮影の後半、私はずっと気になっていたことを是枝監督に打ち明けました。それはリリー・フランキーさんは、自分が演じる治のことを子供たちに対して「父ちゃんはな……」と語りかけるのですが、私は自分のことを子供たちに対して何て言ったらいいのだろうと。

信代は親から虐待を受けて育った女性なので、本当の親に虐待されていたゆりに対して、深く思う気持ちがあるんですね。でも監督は、「ここはまだ母性を出さなくていい」などの指示をくださいましたし、信代の母性がどう育まれていくかについては、考えてくださいました。
万引き家族

信代は自身の過去をゆりに重ねあわせ、特別な思いを抱いていると安藤さん


―この映画は、子供に万引きさせる親など、社会的な問題になっている家族がテーマですが、安藤さんはこのような社会問題について、考えが変わったなど、変化はありませんでしたか?

安藤:考えが変わったかどうかはわからないのですが、撮影しながら信代の形が変わっていったので「この人はいい人なのか悪い人なのか」「犯罪している人はみんな悪い人なのか」「何が正義で何が間違いなのか」「家族とは何なのか」など、ずっと問いかけられているような気持ちになりましたね。

―「家族とは何なのか」の答えは、安藤さんの中で見つかりましたか?

安藤:この映画の取材は「家族とは?」という問いかけがとても多く、改めて考える機会をたくさん得たのですが、結局「その人が家族をどう思うか」ではないかと思いました。

例えば私の場合は、家族は修行の場です。いちばん距離感が近い人の中で、社会的な部分で甘えているからこそ、自分の素のいろんなところが出る場所。と同時に、家族が増えたり減ったり形を変えていく中で、その都度バランスを取って生活していくという、とてもエネルギーを使う場所でもあります。

だから取材のとき”家族は修行の場”と答えたら「修行ですか?」とビックリされました(笑)。
万引き家族

安藤さんにとって家族は”修行の場”


そのとき、私の家族が特殊なのかな、親が映画を撮っていたり、メディアに出ていたりするからなあと思ったのですが、意外と私の周囲の女性スタッフは“修行の場”という解釈を理解してくれましたね。

私は、実家の家族とは距離が近くていい家族です。でも夫の家族ともちょうど良い距離感で、とても居心地がいいんです。それぞれがいい家族なんですよ。

だから、人によって、家族の見え方は違うのではないでしょうか。すごく“超それぞれっぽい”。だから「あなたにとって家族とは?」という問いへの答えは“超それぞれっぽい”です(笑)。


映画は、私を絶対にいけない場所に連れていってくれる


―女優デビューされてから、多くの映画に出演されていますが、安藤さんにとって映画の存在とは?

安藤:いつも思うのは、映画は、私が普通に生きている中では、絶対に行けない場所に連れて行ってくれるということです。

自分の思考回路では考えられないようなことでも役を通して考えられますし、自分じゃない違う人物として物を見たり、接したり、絶対にできないであろう経験をさせていただいているなと思います。

1本の映画をやるだけで、本当に多くの学びがあるので、映画は私にとって特別な場所ですね。
万引き家族

想像できない自分に出会えるのが映画のお仕事だと語る


―今後の女優人生はどう考えてらっしゃいますか?

安藤:これからの女優人生については考えたことがないですね。今回の『万引き家族』も、この映画だから出演を決められましたし、出演作は毎回、自分と向き合って作品に参加することを決めています。

でも毎回、映画を撮り終えたあと「今の自分は想像していなかったな」と感じるんですね。

ちょっと前なら想像もしていなかった自分を映画という経験を通して感じられることは、とてもありがたいと思っています。

これからもそういう風に、今の自分がハッとするような、想像できない自分になれるような、そういう風に作品と関わっていきたいです。

―今回、是枝監督の作品に参加して得たものは何でしょう?


安藤:出産後の初仕事ということで、これまでの自分とは少し違う価値観を抱きながら参加した映画ですが、このタイミングで是枝組に参加して、この映画に関われたことは、子育てしながら仕事をしていくにあたっていい経験だったと思います。

子育てしながら映画に向き合うというのが、とても素敵な時間だったんです。もしかして他の作品だったら、こういう気持ちにならなかったかもしれない。是枝組だったからこそ、それができたんじゃないかなと思っています。

是枝監督から得たものは、大切な時間を得た、経験をさせていただいたということですね。
万引き家族

安藤さんを切なくさせた夫役リリー・フランキーさんの名演


―素敵ですね! では最後に『万引き家族』を楽しみにしているファンへメッセージを。

安藤:登場人物は、本当に様々な世代で、昭和的な感じがすることもあるし、現代を感じところもあります。いろんな世代の集合体です。

私自身は、完成した映画を見て、信代の夫の治が、とても切なくて心奪われたのが意外でした(笑)。演じたリリー・フランキーさんにも伝えました「オッサン、切なかったです」と(笑)。

そんな風に見る人によって全然違って映る映画かもしれません。みなさんが『万引き家族』をどんな風に見てくださるのか、あの家族がみなさんの心にどう映るのかがすごく興味深いですね。


安藤サクラ(あんどう・さくら)
万引き家族

安藤サクラさんプロフィール

1986年2月18日、東京生まれ。2007年映画『風の外側』で女優デビュー。2009年『愛のむきだし』で注目され、数々の映画・ドラマで活躍。2011年映画『かぞくのくに』の演技でキネマ旬報主演女優賞、2014年『百円の恋』で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。ドラマでは2016年「ゆとりですがなにか」(日本テレビ系)に出演。2018年10月スタートのNHK連続テレビ小説「まんぷく」のヒロインに決定している。

『万引き家族』
(2018年6月8日より全国ロードショー)
万引き家族

2018年6月8日公開『万引き家族』


東京の片隅の平屋に、治(リリー・フランキー)信代(安藤サクラ)の夫婦と息子の祥太(城桧吏)と信代の妹の亜紀(松岡茉優)が、初枝(樹木希林)とともに暮らしていました。初枝の年金をあてにし、足りないお金は万引きなど軽犯罪を繰り返して生活費としていました。そんな彼らのもとに、親に虐待されていた少女(佐々木みゆ)を治が連れてきて5人家族に。しかし、ある事件をきっかけに、家族の真実が明らかになっていくのです。

監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:リリー・フランキー、安藤サクラ、松岡茉優、池松壮亮、城桧吏、佐々木みゆ、緒形直人、森口瑤子、山田裕貴、片山萌美、柄本明、高良健吾、池脇千鶴、樹木希林

『万引き家族』公式サイト
(C)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.

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※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。

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