季節の果物や花から起こす自家製酵母種
りんご酵母のコンプレは、はるゆたかの石臼挽き全粒粉50%。ほのかなリンゴの香り(1/4カット410円)
「畑のコウボパン タロー屋」を訪れる人が、一番最初に目にするのはおそらく、窓辺に並ぶ美しい瓶でしょう。わたしが訪れたときには、柚子、大型のレモン、ポンデローザ、かりん、そしてバラの花びらが入った瓶が並んでいました。それがパンよりも先に視界に飛び込んできたのでした。これらはおもに厨房に面した菜園の果物や花から起こされた液種で、パン生地を発酵するのに使われます。最初に季節の酵母種ありき、のタロー屋ならではの光景です。
タロー屋の店先に並ぶ酵母種。冬は黄色の果実が多い
瓶を開けるとプシュッという音とともにシャンパーニュのような細かな泡が弾けます。活発な種だと勢いよく溢れ出すことも。リンゴの酵母液をつくる工程を見せてもらったところ、芯を取り除いた皮付きのリンゴと水を、清潔な瓶に詰めるだけでした。冬でも1週間ほどで発酵が始まります。それはパン生地を膨らませるだけでなく、ほのかな香りをパンに移すのです。そんな酵母の不思議に魅せられて、店主の星野太郎さんは13年ほど前にパンを焼き始めました。
活発に発酵しているリンゴ酵母
星野太郎さん。工房に面した菜園で。
酵母種にする果物は、よいものを選びます。よいものとは、子供にそのまま食べさせられるもの。皮付きで使うことを考えると、農薬を使用していないもの。そして、酵母が食べやすいように、ときにはブレンダーですりおろしたり、蜂蜜で酵母の好物である糖を足したりすることもあるそうで、あらためて、「パン生地は生き物なのだ」と実感します。
タロー屋の一期一会のパンづくり
その日のおしながきはホームページで確認できる。販売は星野真弓さん
パンは販売日の木曜と土曜に、10~15種類ほどが店頭に並びます。取材をした日はレモン、カリン、リンゴなどの酵母のパンでした。種類はカンパーニュ、コンプレ、リュスティック、白パン(丸いプチパン)などで、副素材もドライフルーツやナッツくらいといたってシンプル。その代わり、食べたときに酵母を採取した果物じたいの香りがほのかに立ちのぼるのです。
みずみずしい、りんご酵母のノワレザンリュスティック (420円/個)
シンプルなパンで季節の香りを楽しむ
タロー屋の酵母種はかけ継いでいくものではなく、一度限りの使いきりなので、その香りはどちらかといえばフレッシュ。こんなにも香るものなのだという、それは感動の体験でした。この日いただいたコンプレやリュスティックからはリンゴの、ノワレザンのカンパーニュからはレモンの香りが確かに感じられたのです。
りんご酵母のシナモンロール(300円)
菜園で採れるものによって、特別なパンが登場する日もあります。冬から春にかけては、ルッコラ。リンゴ酵母のパンに胡麻油と金胡麻とともに練りこんだり、春菊ならば黒胡麻と合わせたり。春には桜の酵母のパンであんパンをつくることもあります。夏はトマト。菜園で採れるトマトから起こした酵母で焼いた生地に1キロものトマトを乗せて焼いたピッツァは、チーズなしで十分おいしいのだそうです。タロー屋ではそんなふうに、本物の季節の、一期一会のパンが楽しめます。
りんご酵母の白パン(240円)
桜の酵母の話が出ましたが、近隣にある、大島桜や寒山という八重桜に含まれる「クマリン」という芳香成分(桜餅の香り)は全粒粉に合うだろうな、と思ってつくってみたらぴったりだったとか、カモミールはお茶になるくらいだから、いいかなと思って酵母を起こしてみたら、おいしいイングリッシュマフィンになったとか、タロー屋のパンは星野さんの採集とイマジネーションから生まれてくるようです。
ポンデローザとサービスのお茶用のレモングラス
星野さんは初めて酵母を起こしたとき、その香りによって、野原や林を駆け巡り、草花や果実をとって遊んだ子供の頃の記憶がよみがえってきたといいます。酵母の香りは大切で、そこからどんなパンにするかが決まるのです。かつて、植物や昆虫の採集が大好きな子供だった星野さんは早朝、まだ暗いうちから森に入り、鼻を利かせて樹液のある木を探し、クワガタを捕まえたのだそう。「その気持ちでいま、酵母となる植物を採集し、パンを焼いているのかもしれないですね」と笑う星野さんは、実に楽しそうです。
畑のコウボパン タロー屋
そんなパンを求めて、販売日にはたくさんのお客さんがやってきます。いい香りのする店先で、季節の酵母が香るパンに出合うのはちょっとした感動の体験です。
■
畑のコウボパン タロー屋
住所 埼玉県さいたま市浦和区大東2-15-1
電話 048-886-0910
営業時間 10時~売切れまで
毎週木・土曜のみ販売
Yahoo!地図情報
JR北浦和駅より東武バス「木崎中学校前」徒歩7分