欽ちゃんはテレビそのものだった
萩本欽一というタレントに対するイメージは、世代によって大きく違ってきます。若者世代にとっては「仮装大賞」の司会者としての印象が強いとか。一本でも長年続く番組があるというのは大した事なのですが、40代以上の中高年にとっては「欽ちゃん=テレビ」と言ってもいいくらいの強い刷り込みがなされています。大人気番組「欽ドン!良い子悪い子普通の子」(画像はAmazonより:http://amzn.asia/623nBiO)
初の冠番組でみせた、ある覚悟
もともと浅草軽演劇で男性客を相手に芝居を磨いてきただけに、コント55号時代は男受けのするネタで爆笑をさらってきました。それが「欽ドン!」以降は芸風をあえて180度転換させたことは意外と気付かれていません。ラジオから発展したテレビ番組「欽ドン!」を立ち上げることになり、欽ちゃんは徹底的にテレビを研究しました。そうしてたどり着いた結論が「テレビは子供と女性のもの」です。裏番組が伝説のお化け番組「全員集合」だったこともあり、おもに女性層へ向けたバラエティー作りに力を入れたことが、これまでのテレビ界の傾向を大きく変える結果となったのです。
バラエティーに革命をもたらした数々のアイデア
まず注目したのが、コントで笑うお客さんの存在。それまでの公開バラエティーでは、拍手と笑い声だけもらえれば良いからと、テレビカメラの後ろに客席を設置していました。それを欽ちゃんは「お客さんにはいちばん良い席で見てもらいたいから」と、カメラは最後部から撮影することにします。もちろん、視聴者代表でもある観客の方々への気配りもあったでしょう。しかしそれ以上に、観客の後頭部が映りこんだ構図にはインパクトがありました。お茶の間の視聴者も一緒に客席で見ているような臨場感が生まれ、爆笑が起きた時に揺れる後頭部集団が、楽しい雰囲気をいっそう盛り上げてくれます。
そのほかにも、今では常識になっているピンマイクをバラエティーで初めて導入したり、素人いじりを定着させたのも、その後のテレビ界に大きな変革をもたらせました。素人が番組に出演すること自体は、テレビ創成期からありました。ただ、素人ならではの失敗や言い間違いに絶妙なツッコミを入れることで、プロのボケに匹敵する笑いに仕立て上げる。これは萩本欽一の偉大な発明と断言できます。
パイオニアとして、反面教師として
80年代以降にバラエティー番組がかつてない勢いでテレビの中心に躍り出たのは、間違いなく欽ちゃんの影響です。「欽ドン!」で育った若手スタッフの1人、三宅恵介が、ディレクターとして手掛けた「オレたちひょうきん族」には、欽ちゃんから教えられた技術やスピリッツが引き継がれていました。一方、お茶の間への配慮で丸くなったお笑いに反旗をひるがえしたのが、メイン出演者のビートたけし。タケちゃんマンなどでの暴れっぷりは、萩本欽一を反面教師にしてエネルギーに変えたと言えますが、コント55号時代の破天荒さに原点回帰したと見ることもできるでしょう。
70歳の挑戦、主演ドキュメンタリー映画「We Love Television?」
昭和の終わりに伝説を残したスターだけに、ここ最近は穏やかに暮らしていたのかと思っていたら、70歳を超えてもテレビに向ける情熱は衰えるどころか、メラメラと燃え盛っていたんですね。バラエティーで2桁の視聴率を取るのも難しいこの時代に、30%を目指そうという無謀ともいえるプロジェクトの一部始終を記録した映画が「We Love Television?」です。監督は「電波少年」のT部長こと土屋敏男。映画の中心で扱われているテレビ番組「欽ちゃん!30%番組をもう一度作りましょう!(仮)」のプロデューサーでもあります。
この作品、特におすすめしたいのが、萩本欽一という存在は何となく知ってるけど、というくらいの若い人たち。テレビでたまに見るけど、何やった人なの?なんて思ってる人にこそ、この映画を見てもらいたいです! たぶん「この人、イッちゃってる」って思ってしまうのでは?
オープニングはT部長の得意技、深夜に欽ちゃんの帰宅を待ち伏せして、いきなり「30%番組をもう一度作りましょう!」と直撃するシーンから始まります。T部長としては、戸惑い不審がる欽ちゃんのリアクションが欲しかったんだと思いますが、予想に反して二つ返事で、無謀な誘いに乗ってくれます。この場面からして、常人を遥かに凌駕した人物であることがお判りいただけるでしょう。
理解できないのになぜか胸を打つ
そこからは欽ちゃんが放つ言葉の速射砲がエンディングまで引っ切り無しです。発言の全てに強烈なインパクトが感じられる中、個人的に衝撃を受けたのが「笑いを取るごとに視聴率は下がっていく」という理論でした。視聴率30%のお笑い番組を作り続けて来たレジェンドの言葉として、とてつもない深さは感じられるものの、その真意がまったくもって読み切れません。例えて言うなら、将棋のタイトル戦で白熱している中、長考の末に放たれた一手が、素人目には無意味なものにしか見えないような。歴戦の強者がここで凡ミスをする筈がないと判っているだけに、モヤモヤしてしまいます。
エンディングは予想の斜め上を……
ドキュメンタリーであるにもかかわらず、この映画の結末は観客の意表をつくものになっています。ミステリー作品を鑑賞する時と同じように、なるべく事前情報を入れないようにして、劇場に足を運んでいただきたいです。感動作品ですとおすすめしたいところですが、あまり押し付けがましいと逆効果なので、見る人が見れば必ず感動しますとだけ言わせていただきます。映画の中心部分である特番は2011年の制作ですが、欽ちゃんは今も現役のテレビ人間として戦い続けています! お近くの映画館で「We Love Television?」が上映されていないという方は、テレビの中で現在進行形の欽ちゃんを目撃してください。純粋な「お笑い」を見て純粋に感動するという、滅多にない体験ができるかもしれませんよ。