18歳アイドルの急逝…死因は致死性不整脈
それまで健康だった人が突然死することもある「致死性不整脈」。悲しい結果を防ぐために、できることはあるのでしょうか?
以下は松野さんの死因を報道する毎日新聞からの抜粋です。
松野莉奈さん急死
死因は致死性不整脈の疑い 事務所発表
毎日新聞2017年2月10日 18時18分(最終更新 2月10日 20時01分)
アイドルグループ「私立恵比寿中学」のメンバーで8日未明に死去した松野莉奈(りな)さん(当時18歳)の死因について、所属事務所は10日、致死性不整脈の疑いと発表した。
松野さんは体調不良のため、7日に大阪で開かれたコンサートへの出演を取りやめ自宅で療養していた。8日未明に容体が急変、東京都内の自宅から救急車で搬送されたが、病院で死亡が確認された。
私立恵比寿中学は女性8人組。「ももいろクローバーZ」の姉妹グループとして活動していた。【岡礼子/デジタル報道センター】
18歳という若さで、しかも元気に活躍しておられた松野さんを突然襲った致死性不整脈というのはどういう病気なのでしょうか。詳細はこの記事をお書きした時点では公表されていないため、わかる範囲で考えてみます。
致死性不整脈とは
そのまま放置すると意識消失から突然死に至る危険性が高く、緊急治療を必要とする不整脈を致死性不整脈と呼びます。多くの場合、心室頻拍や心室細動を指します。心臓の動きが極端に速くなるか遅くなるタイプの不整脈で、こうなると心臓が脳や全身に血液を送れなくなり、血圧がうんと低くなり、ゼロになることさえあります。血液が行き届かないことで脳の正常なはたらきがやられてしまい、死に至る病気です。致死性不整脈の8割は速くなるタイプで2割が遅くなるタイプと言われています。
心臓の動きが速くなるタイプの致死性不整脈の種類
心臓が速く動きすぎると血圧がでなくなります
■30秒以上続くと危険な「心室頻拍」
心室頻拍のうち30秒以上続く持続性心室頻拍では、松野さんのような突然死を起こす恐れがあります。しかし30秒は続かない、非持続性心室頻拍でもトルサード・ド・ポアント(Torsade de Pointes)という不整脈などでも、後述の心室細動に移行することで突然死の原因になることがあります。
心室頻拍を引き起こす原因として、心筋梗塞、拡張型心筋症、肥大型心筋症、心サルコイドーシス、心臓弁膜症、ある種の先天性心疾患、催不整脈性右室心筋症(右室異形成症)、左室緻密化障害、心筋炎、その他が知られています。これらの多くがいのちにかかわる重症です。
こうした原因がない、つまり原因不明の心室頻拍を「特発性心室頻拍」と呼びます。この中に、右室または左室の流出路から信号の出るタイプと、左室の心室中隔側から出るタイプがあります。特発性の多くは比較的良性ですが、それでも数%以下の人たちは突然死しますので油断は禁物です。
■最悪の不整脈である「心室細動」
心臓の動きが速くなるタイプの致死性不整脈のもう一つのタイプが心室細動です。心室細動は最悪の不整脈です。というのは心室がぴくぴくと高速で動くため、血液を送るという心臓本来の仕事ができなくなるからです。実質、血圧はゼロとなり4分以内に脳死となってしまいます。いきなり心室細動になる場合と、上記の心室頻拍を経て心室細動になる場合があります。
心室細動の原因としては、心筋梗塞や心筋症などが知られています。
しかし今回の松野さんの場合のように、特に目立った異常や持病などがなく、一見健康な状態から心室細動になることもあります。心筋梗塞や肥大型心筋症で心房細動から心室細動へ移行することもあります。
心室細動に見られる「一過性」と言われるタイプ
前述の30秒続かない心室細動を起こすことで知られているのが「トルサード・ド・ポアント」です。短時間で自然に心室細動が止まるため、意識を失ったり倒れたり、全身の痙攣を起こしても、すぐに元に戻ります。かつてはてんかんと間違われたものです。しかし時に本物の心室細動になり命を落とすため油断できません。原因としてQT延長症候群があり、生まれつき心筋の異常で起こったり、後天的に薬の副作用やカリウムの低下などでも起こることがあります。
同様に突然死を引き起こす「ブルガダ症候群」
もう一つ、同様に突然死を引き起こす心臓の病気として、「ブルガタ症候群」というものもあります。かつてぽっくり病と言われたもので、中年男性が夜中などに心室細動を起こして突然死してしまう怖い病気です。日本人に多い傾向があり、運動時より安静時に起こります。心電図検査である程度わかりますが、これまでに失神発作を起こしたひとや家族に突然死の方がおられる場合は要注意です。震災後に増えた「たこつぼ型心筋症」も心室細動の原因に
また、左室がたこつぼのような形になる「たこつぼ型心筋症」は、中年以後の女性に多く、強いストレスが原因の一つと考えられています。熊本地震後の被災生活中にこの病気が増えたという報道がありました。詳しくは「熊本地震でも心配されている「たこつぼ心筋症」とは?」をご覧ください。これは数か月で治りますが、発症後しばらくは上記のトルサード・ド・ポアントから心室細動、そして突然死に至るリスクがあるため、油断できません。
心臓の動きが遅くなるタイプの致死性不整脈の種類
代表的なものは「房室ブロック」で、洞不全症候群が続きます。これにより心臓を動かす電気信号が途中で止まり、心臓の動きが極端に遅くなります。つまり心臓が止まってしまうのに準ずる状態です。そこから本当に心臓が止まったり心室細動に移行して死亡してしまったりすることもあります。房室ブロックの原因として考えられるのは心筋梗塞、先天性心疾患、心筋症、サルコイドーシスその他があります。
これらの致死性不整脈の治療法
原疾患がある場合はその治療をできるだけ行うとともに、抗不整脈剤を使うことが大切です。専門医の診察を受け、必要に応じて入院、精密検査ののち方針を立てるべきかも知れません。薬としてはアミオダロン、ソタロールなどのIII群抗不整脈薬がよく使われます。β遮断薬やワソランなども活躍します。副作用に注意しながら使うことも大切です。
CRTDの本体です。年々小さくなっています。
ICDやCRT-Dは致死性不整脈を治しても発生そのものを予防できるわけではないためカテーテルアブレーションを使って発生を抑える治療が行われることがあります。これにより特発性の心室頻拍に対しては90%以上治すことができますが、器質性の心室頻拍にはそれほど効きません。この場合は原疾患の治療も必要です。
心臓の動きが遅くなるタイプの致死性不整脈はペースメーカーを装着すれば治ります。脳などがやられるまでに治療すれば元気になることができます。
結局、松野さんの場合はどうだったのか
公式に発表されている情報が少ないため推察の域を出ませんが、心臓外科医としての経験から考えると、ずっとお元気で失神発作などもなかったのであれば、特発性心室頻拍、あるいはブルガダ症候群などの可能性もあったのかも知れません。私が一点だけ気になるのは、亡くなる前日に体調不良で自宅で療養しておられたという報道があることです。もしこの時に不整脈が出始めていたのであれば、あるいは心筋炎やその他の急な疾患が起こっていたのであれば、そのタイミングで自宅療養ではなく病院に行って頂いておれば違った結果になったのではないか……という思いも残るのです。しかしこれも結果論でしかありません。ましてそれまで健康に何の不安もなかった方であれば、ご本人も急ぎの受診の必要性を感じるのは難しかったろうとも思います。しかしこのようなケースは誰の身にも起こりうることなのです。いつもと違う不調を感じられた時には、大げさと考えずに受診することを考えていただければと思うのです。
突然死の悲劇を防ぐ方法は……
前述のように突然死の原因には肉体的ストレスや精神的ストレスが関連するものも含まれるため、不整脈をお持ちの方にはストレスを溜め込まない工夫が有用でしょう。体調が悪いときにはあまり我慢せずに病院を受診するのも予防に役立つかも知れません。
そして、年齢や性別、持病の有無に関わらず、不整脈が起こることは誰にでもありえます。もしも突然意識がなくなったり心臓が止まるなどの事態が起こった時に、周りができることをしっかりやること。その準備を持つことが、いつ誰の身に起こるか分からない不整脈から、お互いを守ることにつながります。具体的には心肺停止に対するBLS(一次救命処置)講習を受けておくとか、とくにAED(自動体外式除細動器)の使い方を練習しておくなどですね。
そしてご自分が心肺停止になったときに、これらの対策は当然自身に行うことはできません。学校、職場、地域などでお互いを助けるために使える準備をしておくことが、強力な安全策になるでしょう。
最後になりましたが若くして亡くなられた松野莉奈さんのご冥福をお祈りします。
不整脈に関してさらに詳しい情報は、「不整脈の重症度とそれぞれの治療法」、「心臓外科手術情報WEB(不整脈や心筋梗塞、心筋症などの情報解説)」などもあわせてご覧ください。