小西遼生 82年東京都出身。05年にTVドラマ『牙狼』に主演しアクションも披露。07年に『レ・ミゼラブル』で本格的にミュージカル・デビュー、以来『スリル・ミー』『next to normal』『ブラック メリーポピンズ』『End of the Rainbow』、シェイクスピア劇『十二夜』等、舞台を中心に活躍している。(C)Marino Matsushima
このほど開幕した日本版では、演出を板垣恭一さんが担当。メインキャストが全く異なる二役を演じるという韓国版の趣向はそのままに、ジェットコースター的な目まぐるしい展開に埋もれることなく人々の葛藤を前面に押し出し、その心情に寄り添いやすい舞台に仕上げています。
『フランケンシュタイン』母の死を契機として蘇生研究に熱中するビクター・フランケンシュタイン博士。写真提供:東宝演劇部
『フランケンシュタイン』戦地で敵兵を治療し、糾弾されたアンリはビクターに助けられ、その情熱にほだされる。写真提供:東宝演劇部
メインキャストは誰も楽屋に帰れない?!壮絶な“二役”芝居
――初日から数えて今日は三日目。ご自身の中では、今はどんな段階でしょうか?「僕にとって今日は二公演目です。初日の舞台には初日独特の緊張感があるので、僕の中では二日目にいよいよ始まるという感覚があるし、(ビクター役として)アッキー(中川晃教さん)と組むのは今日が初めてだったので、“ようやく(初日の幕が)開いたな”という感じがしますね」
――稽古場から実際に舞台に上がったことで見えてきたものもありますか?
「やはり舞台だと、作品世界に実感が伴うというか、全然違うものがあります。稽古場は仮想世界の中で技術面、役の内面などいろんなものを磨いて、ステージに立つ準備をする場だと思うんですけど、本番というのは一回一回が勝負という緊張感も高揚感もあって、実感がすごくある。全然違いますね」
――本作の大きな特徴と言えるのが、メインキャストが全員、二役を演じるという趣向。特に二幕では早替りもあり、物理的に大変なのではないでしょうか。
「全員大変だと思います(笑)。二役を演じるだけでなく、一つのストーリーをみんなで紡いでいかないといけない作品だし、楽曲も多いので、どの舞台も大変だけど、特に今回は別格ですね。早替りもあるので、楽屋には一度も帰れないです(笑)。舞台上にいない時にも皆さん、袖に待機していらっしゃって、幕が開いたら3時間、ずっと舞台にかかりきりという感じですよ」
――そうでしたか! この“二役”という趣向にはどんな意味合いがあると感じていらっしゃいますか?
『フランケンシュタイン』1幕でビクターとその姉エレンを演じた俳優は、2幕で欲にまみれた闘技場の主ジャックとエヴァも演じる。写真提供:東宝演劇部
清廉な医師と、哀しき“怪物”。驚くべき速度で変化してゆく、二人の人物を演じる醍醐味
――小西さんの二役については?「僕は厳密にいうと、二役というよりも1.5役みたいなもの。亡くなったアンリの首を使って生まれたのが“怪物”なので、唯一、二つの役に直接的な関連性があるんです」
――怪物は台詞の中で「アンリの時の記憶はない」と言っていますが、アンリと怪物との間に内面的なつながりは無いのでしょうか?
『フランケンシュタイン』おぞましい人間たちの姿をつきつけられ、怒りを爆発させる怪物。写真提供:東宝演劇部
――生まれた直後はただ野獣のように自分の肉体をもてあましていたのが、次第に知性をまとってゆく小西さんの演技を拝見していて、彼の中で無意識に“アンリ”が目覚めているのかな、とも感じました。
「人間の赤ちゃんとは違うけれど、怪物も生まれた時には何も知らない、無垢の状態なんです。それが、首につぎはぎがある醜悪な姿のために人々に恐れられたり、コロシアムに放り込まれて人間のおぞましい姿をたくさん見るうち、彼はいろいろなことを学習してゆく。そしてコロシアムで虐げられる下女のカトリーヌと心を通わせ、一瞬夢を見るのだけど、次の瞬間に裏切られます。幸せを知らなければ傷つくこともなかったろうに、一度夢を見てしまったために、彼の中にはいっそう人間たちへの憎しみが募っていくんですよね。そうして創造主であるビクターへの復讐を決意した彼は、言葉を覚え、火を使うことを覚え……と、ものすごいスピードで進化していくんです」
――確かに怒涛の展開でした。
「実は1幕もね、速いんですよ。アンリが登場して、命を落とすまでの展開がものすごく速い。事件が起こってから、ビクターの身代わりをあっさりと買って出ているように見えるかもしれないけれど、彼にはもともと、死に場所を探している……ではないけど、既に生きる気力が失われている部分があったんですよね。
彼は戦争中、敵の負傷兵を治療しようとするのだけど、もし自分が人生で何かを成し遂げようとしていたら、軍規に反してまでそんなことをしようと思わないですよね。戦争の現実や自分の弱さを知った彼は、すっかり絶望していたのでしょう。それが、同じような過去を持ち、同じような研究をしながらも、生きる力や研究への強い意志を持ち続けるビクターの輝きに魅了され、彼を信じてみようと思う。そして共同研究を引き受けるんです。ものすごいスピード感で舞台は展開していくけれど、そういう筋立てを自分の中でしっかりと持つことで、お客様にも伝わるものがあるんじゃないかな、と思ってやっています」
――拝見していて、韓国版とは如実に異なる部分がありました。後半、星空を見上げていた怪物が迷子の少年と出会い、語らうシーンの終わり方です。
復讐を誓う怪物は森で星空を見つめるうち、迷子の少年と出会う。写真提供:東宝演劇部
――そう解釈すると、さらに怪物が詩的に、“哀しく”見えますね。今回はビクター役、アンリ役ともにwキャストですが、ビクター役は中川晃教さんと柿澤勇人さん。相手役が変わることで、違ってくるものはありますか?
『フランケンシュタイン』ダブルキャストでビクターを演じる柿澤勇人さん、16年9月の製作発表記者会見にて。(C)Marino Matsushima
――本作は決して単なる“復讐物語”ではないと思われますが、小西さんの中では本作は何を描こうとしていると感じていらっしゃいますか?
『フランケンシュタイン』次々と“復讐”を実行しようとする怪物の影に怯えるジュリアと、彼女を慰めるビクター 写真提供:東宝演劇部
それと、僕の中で感じているのが、人間の過ちは連鎖してゆく、ということ。さきほど出てきた怪物と子供の会話のシーンの中で、ふと(アンリとしての)記憶が蘇っているような言葉が出てくるし、怪物がなぜビクターと決着をつけようとするんだろうと考えた時に、どこかでこれを終わらせてやらなきゃいけないという気持ちがあるのかもしれない、と思うんです。痛みも、人の愚かさも、人間の過ちが連鎖してゆくことも知っている怪物だからこそ、あの結末がある。そこにはものすごくカタルシスがあるように僕は感じるんです。単なる復讐劇ではない“意味”を、今も演じながら見つけているところです」
――これから千秋楽まで、一か月半あまり。さらに磨いていこうと思っていらっしゃることは?
「いっぱいありすぎて、一つには絞れません(笑)。一日一日チャレンジングにやっていきたいなと思っていて、今日もアッキーと舞台で初めて組む中で、もっともっとというものがたくさん出てきましたね。お客様に作品の良さが伝わるように、自分が演じるアンリを通してビクターの心もより明確に見えてくるように、ということをもっと掘り下げていければと思っています」
*次頁からは小西さんの“これまで”を伺います。スカウトで芸能界に“なんとなく”入ったという小西さんですが、やがて運命に引き寄せられるように舞台にデビュー、そして……。