「吉祥寺に住みたい」と「石巻に住みたい」は同じ。天野美紀さん(宮城県石巻市)
一緒に暮らす愛犬おこげさんと天野さん
東日本大震災後、一時期は毎週末通った挙句、宮城県石巻市に移住した建築家がいる。だが、それは「吉祥寺に住みたい」と同じレベルで「石巻に住みたい」と思ったからという。思いきってではなく、好きなところに住みたいと思ったら、今は石巻だったという天野美紀さんにその理由を聞いた。
移住というほどの決意ではなく、単なる引っ越し
日和キッチンでおこげさんと
東日本大震災から2カ月後の2011年5月。被災地にトレーラーハウスを届けるという活動の立ち上げに関わったことから、当初は隔週、その後、2014年9月に本拠地を移すまでの1年半は毎週宮城県石巻市に通ったという天野さん。石巻駅の近くに週末の朝、ボランティアに集まってくる人たちに朝食を出すためにと築100年の空き家を借上げて作った日和キッチン運営のためである。
「そんな生活を送るうち、東京から通えるなら、石巻に住んで東京に通ってもいいのでは?と思うようになりました。よく『どうして移住したのですか?』と聞かれるものの、そこまで思い切って決意したわけではなく、吉祥寺に住みたいと思うように、石巻に住みたいと思ったまで。移住というより、好きなところに住みたかったということ。別に東京が嫌だったわけではなく、ここに一生住むかどうかも分かりません。それに東京~石巻間は3時間前後で日帰りできる場所。悲壮な決意は要りません」。
それなのに家賃は安く、米、野菜、魚が美味しい。加えて、様々な魅力がある。たとえば人間関係。天野さんが東京で作った賃貸住宅にコミュニティ賃貸の先駆と言われる大森ロッヂがあるが、石巻には一生懸命作らなくても自然にコミュニティがあるという。
自然な人間関係、お金の循環が見えるコンパクトさ
「東京では歩いていて知人に会うことは滅多にないけれど、石巻は10万人くらいのコンパクトな街だから、30分犬の散歩をするだけで2~3人と会う。女川だと30分で10人くらい。今の私にとっては濃すぎず、薄すぎずの感じで人に会えるんです。さらに個人営業が多い街なので、人と会うことで新しいことが生まれやすい。行政との距離も近く、東京にいたら大きな会社など誰かが仕掛けなければ実現できないことが、ちょっと時間はかかるものの実現できる。普通にあちこちでコラボレーションが生まれているんです」。東京には多くの人が集まっており、ひとり一人の力、存在感が薄い。だが、石巻ではそれが大きいということだろう。また、コンパクトな世界ではお金の循環も見えやすい。東京にいると払った家賃を誰が受け取っているのかは分かりにくいが、石巻では受け取った人の顔が見え、その人が食事をし、モノを買うことでそのお金が他の人に回っていくのが分かる。だとすると、そこで悪いことはできないし、荒稼ぎしようとも思わなくなる。
「お金がなんのためにあるかといえば、生活するために必要な道具だから。循環させていくことで生活が成り立つから。ところが東京では稼ぐことが目的になってしまい、奪い合うことに。ここにいるとお金の価値が違うものに見えてきます」。
この街が好きという人がいる魅力
東日本大震災がきっかけとなり、この地を離れた人、離れざるを得なかった人もいる。その中であえて留まっている人はその土地への深い愛情がある、それも魅力だと天野さん。「震災である意味、淘汰されたのかもしれません。今、ここにいる人は何があるわけではないけれど、この街が好きという思いが強い人たち。そこに感化されます。この街を何とかしたいと思うんです」。石巻に移住しているのは天野さんばかりではない。街の魅力とは何かを考えさせられる
石巻はもともと遠洋漁業や通商で栄えた街で昔から人の出入りが多かった。災害にも何度も遭遇、その度に立ち上がってきた。そうした他者を受け入れる風土、グローバルな視点、独立心の強さなども魅力だ。
「都会の年寄りができないと決めつけていることも、田舎の年寄りは自分でやるし、なければ作る。昔からDIYの精神があるんです。また、遠洋漁業ではハワイその他世界が仕事場ですから、東京を見ていない。今、石巻にあるベンチャー企業でも相手は東京ではなく、世界と考えているなど、視点が高いところにある。その辺りもこの土地の魅力です」。
その街に人を惹きつける魅力があるか。東京で多くの人が街を選ぶ場合にはそんなことよりも利便性が優先される傾向がある。だが、街にとって、住む人にとって本当にそれだけで良いのか。天野さんの「地元愛」に触れる度に思う。
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