窪地、水辺に関係する地名は
低地であることが多い

地名には大きく分けて、
1,地形や植生、地質など自然にちなむもの、
2,そこに何があったか、誰が住んでいたかなどにちなむもの、
3,街の誕生、町域・町名変更などで作られたり、復活したもの

の3種類があります。由来に諸説ある地名があり、言葉が変じて意を読み取りにくい地名もあるなど、地名を見ればすべてが分かるとは言えませんが、いくつか分かることがあります。

 

水辺

海や川の近くではサンズイを始め、水にちなんだ地名が多い

まず、自然にちなむ地名であれば、名称から土地の高低を知ることができます。よく言われているのは低地を意味する谷や窪、沢、下、溝、沼などの文字や池、沢、落、波、津、洲、浜、江など水に関連するサンズイの入った文字、荻、蒲、菅、蓮、鶴など水辺に見られる動植物に関連する文字などは軟弱地盤である可能性があるということ。水辺そのものを示す川や岸、水辺近くの建造物である橋や堤、港(湊)なども同様です。

 

渋谷

国道246号からJR、東横線の渋谷駅を見たところ。かつては大雨で冠水したこともある

いくつか例を挙げてみましょう。低地を意味するものでは谷で有名なのは、渋谷。渋谷駅周辺は今は暗渠となっている宇田川、渋谷川が合流する谷で、国道246号を走ってみると港区からは金王坂を下りてJRの高架をくぐり、大坂上に向かって坂を上ることになり、低地であることが分かります。

 

地名としては残っていませんが、東京メトロ丸ノ内線には茗荷谷という駅があります。ここは元々茗荷畑があったことから茗荷谷と俗称されていたそうで、茗荷は湿気の多い、日陰を好む植物。谷地であったことが茗荷、谷とダブルに表現されている場所というわけです。

佐助稲荷

佐助稲荷、銭洗弁天なども奥深い谷の中にある

山と谷が複雑に入り組む神奈川県鎌倉市にも多くの谷が付く古い地名があり、現在も地名として残されているのが扇ガ谷(おうぎがやつ。難読地名!)。周辺には丘陵地が浸食されて作られた谷状の地形、谷戸(やと)が多く、扇ガ谷はそれらを総称したものと言われています。

 

横浜

開港で大きく発展した横浜だが、元々は細長い砂州、浜辺だったらしい

続いてサンズイですが、大きなところでは横浜がそのひとつ。歴史上の初出は室町時代で、元々は本牧から山下町あたりまでの長く伸びた砂州を横に伸びていることから横浜、あるいは浜の横の村だから横浜などといった諸説ありますが、浜であることは過去も現在も間違いありません。現在の横浜は市域が広がり、丘陵地も多いエリアですが、発祥の地は浜辺というわけです。横浜に限らず、東京湾岸の地図を見ると、新旧を問わず、水や水辺の建造物、動植物にちなんだ地名が多く、中央区だけでも晴海、豊海町、港、入船、新川などなど枚挙に暇がありません。

 

池之端

不忍池から池之端方向を見る。非常に分かりやすい命名だ

海沿いでなくても豊島区池袋や台東区池之端、中野区沼袋、板橋区小豆沢(あずさわ)、世田谷区下北沢などサンズイの付いた地名はあちこちに見られます。諸説あるものの、池袋は池あるいは袋状の窪地があったなどが由来、池之端は地図にある通り、不忍池のほとりにあることから、沼袋は低湿地で沼があったから、小豆沢は平将門が運送中の小豆がこの入江に流れ着いた、飢饉の年に小豆が入江に流れ着いたなどのバリエーションはあるものの入江だったことは間違いなく、下北沢は奥沢や深沢などより北にある沢だからというのが由来。いずれも水のある場所だったわけです。

日本橋

東京の下町はかつてベニスにも例えられた水の都。橋の名称があちこちに残るのは当然だろう

水辺の動植物、建造物でいえば、横浜市鶴見区鶴見や葛飾区小菅、前述の中央区湊や数多くの●●橋という地名があります。鶴見は鶴見川が海に流れ込む前の淀んだ状態をツルと言い、そこから転じたもの、あるいは鶴や水鳥の舞い飛ぶ景勝地だったからなどと諸説あり、小菅は古隅田川に面して芦や萱(菅はかや)などが密集していたことから、湊は漁船、諸国廻船の出入りが多かったことに由来するとか。●●橋はもちろん、そこに川などがあり、橋があったからの名称です。

 

逆に台、丘、山などの高台を意味する地名は、実際に行ってみても高台になっていることが多く、新しい地名であっても同様です。ただし、高台であっても、造成方法によっては災害発生時に斜面が崩れるなどの被害がありますから、高台であることだけで安心してしまうのは早計です。

寺社、人間にちなむ地名は
古くから利用されてきた土地であることを示す

淡路坂

御茶ノ水駅近くにある淡路町は鈴木淡路守が住んでいたことから写真の坂の名となり、やがて町名となったといわれている

2の何があったか、誰が住んでいたかを表わす地名は幕府の役所や寺社、大名、豪族その他居住者の名称から付けられることが多く、江戸時代、明治時代までには確立したものが大半です。日本の大半の都市では昭和30年代以降に宅地造成ラッシュが始まりますが、この手の地名の場所はそれ以前に開発されている可能性が高く、古い街と言えます。ただ、昭和40年代以降に旧町名、地名を復活させた例もありますから、すべてがすべて古いとまでは言えないのでご用心。

 

祐天寺

古刹祐天寺が立地するのは祐天寺ではなく、中目黒五丁目

寺社の例としては台東区鳥越(鳥越神社)、文京区根津(根津神社)などのようにストレートに寺社にちなむもののほか、さいたま市や府中市などにある宮町のように宮のついた地名も同種です。あちこちにある宮下という地名も、お宮から下っていた地点という意味です。ちなみに私の住む街には祐天寺という寺名にちなんだ地名がありますが、肝心の祐天寺自体は中目黒にあり、いささか間抜けな状況です。

 

施設や居住者などにちなむ地名としては中央区銀座(銀座があった)、世田谷区三軒茶屋(三軒の茶屋があった)、港区六本木(松の古木があった、付近に上杉、朽木、高木、青木、片桐、一柳と木に関する苗字の大名屋敷が6軒あったの2説あり)などが分かりやすいところ。地名以外でいえば、坂の名まえなどにかつての居住者の名まえが残されていることが多いようです。

新しい地名は開発年代に注意、
繁栄を願う言葉が使われることが多い

土地が埋立て、造成され、街ができると、地名も新しく登場します。古いところでは、●●新田。たとえば手賀沼周辺を見ると、箕輪新田、岩井新田、高野山新田などと新田がいくつも並んでおり、長年開発が続いてきたことが推察されます。同様の意を持つ●●新町という地名もよくあります。このタイプでいえば、逆に古いことを示す元町、本町という地名もあります。

関内周辺

横浜、関内駅周辺の集中するおめでたい地名は埋め立て後の繁栄を願って付けられたもの

新田、新町以外で、新しく作られた土地に多いのはおめでたい言葉を充てる地名。それがおもしろいほど集中しているのが、横浜市の中心部、関内駅周辺から山側エリア。万代町、不老町、翁町、寿町、山吹町、蓬莱町、羽衣町、尾上町、相生町、末広町、長者町、永楽町、真金町……と、おめでた尽くしといってもいいエリアで、ここまで揃えてあると、ちょっと笑っちゃいます。この辺りは明治初期に埋め立てられた地域で、そのため、謡曲から採られた地名が多いようです。

 

昭和になってからでは、緑、豊、美、青葉、平和、希望などがよくある、新しい地名。丘陵地を切り開いた住宅地では植物の名まえを称した名称も多く見受けられます。

 

こうした新しく作られた街では、いつ、どのように作られた土地なのかを地名の由来と同時に見ておくことが大事。特に昭和30年代から平成初期に作られた土地は地震対策が甘い場合もあります。

 

次のページでは地名の由来の調べ方を見ていきましょう。