時代劇は新時代に突入!?
民放の地上波テレビで見かける機会が減った番組がある。たとえば、それはプロ野球中継。あるいは、素人参加型のクイズ番組。そして、時代劇も、新しく制作されることがほとんどなくなったプログラムのひとつだ。時代が変わったと言ってしまえばそれまでだが、チャンバラファンにしてみればまさに死活問題。楽しみを奪われて毎日が泣きたい気持ち、……と思ったら実はそうでもないようだ。いま、BSやCSで放送される時代劇が人気だ。これを牽引する放送局のひとつが、時代劇専門チャンネル。その名が示すとおり、往年の名作から新作まで、時代劇のみを専門に扱う。データをみると、16年3月時点で視聴可能世帯数は811万となっており、10年の687万から大きく伸長。まさに、テレビ放送の減少で迷子になったファンの受け皿となっていることの証左といえるだろう。
とはいえ、その堅調な数字は、「テレビの事情」から受けた恩恵だけが理由ではないようだ。実は、同チャンネルではオリジナル時代劇の制作にも力を入れており、視聴率も驚異的。開局から18年経つが、当初から有料放送のトップランナーとして走り続けている。
時代劇の魅力とは、そしてそのドラマから学ぶべきことは何か。好調の時代劇専門チャンネルで企画・プロデューサーとしてらつ腕をふるう日本映画放送株式会社・宮川朋之編成制作局長に話を聞いてきた。評論家から「いま最も時代劇を作っているプロデューサー」と言われる侍が語ったのは、ビジネスにも活きる金言ばかりだった!
時代劇専門チャンネル、人気の秘密とは
宮川朋之氏 日本映画放送株式会社、編成制作局の局長として「時代劇専門チャンネル」および「日本映画専門チャンネル」の陣頭指揮を執る。評論家からは「いま最も時代劇を作っているプロデューサー」とも。劇場用映画作品も多くプロデュースしており、直近では『リップヴァンウィンクルの花嫁』(監督 岩井俊二)のヒットも記憶に新しい。
編集部 開局から視聴可能世帯数も順調に推移し、視聴率もずっと好調だと聞きます。他局ではアニメや海外人気映画といった、いわばキラーコンテンツの編成があるなか、御社は時代劇のみの放送にもかかわらず「機械式ペイテレビ接触率調査(※BSやCSなどの有料放送で視聴者の接触率を計る指標)の総合トップ」(2015年4月発表)です。なにか秘訣はあるのでしょうか。
宮川さん まずは、名前ですね(笑) 弊社では時代劇専門チャンネルと日本映画専門チャンネルの二つを運営していますが、どちらも名前がとてもわかりやすい。時代劇だけを流すのだから、反復表現ともいえる「専門」の部分なんかは取ってもいいのかもしれないですが、何を放送しているか一発でわかる。その意味では、抽象的な名前をつけるより、営業的にも売りやすいんです。とにかく時代劇専門チャンネルは時代劇だけ、つまり視聴者ターゲットも明確になる、というわけです。
また、常にチャレンジャーの気持ちで放送していることが大きいのかもしれません。日本映画専門チャンネルは2007年、時代劇専門チャンネルは2009年に他チャンネルに先駆けてハイビジョン化を進めましたし、2016年以降はオリジナル時代劇をすべて4Kで撮り始めていることなども、それを物語っています。
危機感を持ちながら、そして、目標は高く。たとえば、手塚治虫さんのおかげで日本のマンガが進歩した、ということがあると思います。トップを行く人が高い山を登れば登るほど、裾野も広がり、業界自体が盛り上がってくる。僭越かもしれませんが、私自身も時代劇でより高みを目指し、裾野を広げるために貢献したい、という想いが根底にあります。ですから、オリジナル時代劇の制作にも引き続き積極的に取り組んでいきます。2010年にはじめて作った「鬼平外伝」は好評でシリーズ化していますし、今年もJ:COMと共同制作した「池波正太郎時代劇スペシャル 顔」(原作 池波正太郎、主演 松平健)などを発表しています。(同作の詳細は記事の最後)
編集部 視聴者層についてはいかがですか?
宮川さん 60代から、上は90代までのいわゆるシニアの方々が多いですね。もちろん、30~40代の視聴者も少なくありません。その意味で年齢層は幅広く、考えながら編成をしています。
ご高齢の方々には勧善懲悪型の「暴れん坊将軍」や「遠山の金さん」などが人気ですね。一方で60代あたりになってくると、少し趣向が違ってきます。この世代はビートルズやローリングストーンズを聴いてきた世代。エグゼクティブとして、まだ現役でビジネスの現場指揮を執っている方たちも少なくないので、わかりやすさだけでは満足してもらえません。
現代にも通じる、「葛藤」と「覚悟」の美学
編集部 では、60代前後のエグゼクティブは、時代劇に何を求めているのでしょうか。宮川さん たとえば、時代小説では池波正太郎、藤沢周平、司馬遼太郎などがエグゼクティブに人気ですね。とりわけ池波、藤沢作品では必ずといっていいほど、武家、庶民、果ては盗賊までそれぞれの世界の住人たちの「葛藤」が描かれていて、特徴となっています。エグゼクティブの皆さんも、小説に出てくる主人公の心の葛藤を、自らのビジネスでの境遇に重ね合わせているのかもしれません。現実は、勧善懲悪型の物語のようにシンプルにはいかないですから。その意味で、われわれも新しい時代劇ではこの「葛藤」を丁寧に描くよう心がけています。
編集部 会社のエラい人たちも「葛藤」しているんだと思うと急に親近感が湧いてきました(笑)
宮川さん それからもうひとつ、時代劇には「覚悟」という要素がありますね。今はなにもかもが自由で、自由の価値がわからなくなっている時代といえます。しかし、江戸時代はそうではなかった。職業の自由も、恋愛の自由もない。生まれ落ちた瞬間から、それぞれが運命を覚悟して生きなければならなかったんですね。
刀のツバがありますよね。武士のなかではトンボをかたどったツバが人気だったそうです。理由がとっても面白いんですよ。刀を抜くとき、もっとも「覚悟」が必要だった武士たちは、まっすぐにしか飛ばないトンボの生き様にあやかりたかったようです。一度、刀を抜いたら後にはひけない。そのとき、一瞬で判断をし、覚悟を決める。時代劇はそういうことを題材にしたドラマなんです。この点でも、なぜエグゼクティブが時代劇を好むのか、理解できる気がします。
編集部 「葛藤」と「覚悟」。エグゼクティブのメンタリティを知る上でも、若手が時代劇から学ぶことは多そうです。
宮川さん そうですね。メンタリティといった視点以外でも、ビジネスで役に立つことは多いですよ。たとえば、手紙を一筆したためるという行為ひとつをとっても気づきがある。取引相手にお礼をするときは手書きで感謝の気持ちを伝える。今はなんでもメールで済ませがちですが、そうした小さなことが次のビジネスにつながることもあります。やっぱり人と仕事をするわけですから、ここぞというときは、想いがより伝わるほうを選びたいものです。
また、私自身、時代劇では四季がしっかりと描かれるべきだと考えています。四季のある日本では、その時々で自然と調和しながら人々が生きてきた。その歴史から学ぶことは少なくありません。
編集部 先ほどお話しのあったオリジナル時代劇「顔」のなかでも、「雪があたたかく見える」など、四季を捉えた印象的な台詞がありました。
宮川さん 時代劇で四季を描くとき、象徴となるのが食事のシーンです。これをどう表現するかで世界観が変わってくる。たとえば春の旬の野菜を食べて、ただ「おいしいね」と言わせてはダメで、「この苦味がたまらんな」と言わせるんです。これを理解するというのはひとつの教養ですよね。考えてみたら先に挙げた池波正太郎らも健啖家で、小説作品のなかでその知識が活かされている。宴席での会話などビジネスにも活かせる知識として、「食文化」は案外、大事なキーワードかもしれません。
編集部 今日は時代劇の奥深さを改めて知ることができました。ビジネスに活かせる知識や処世術をドラマのなかからたくさん見つけたいと思います。仕事で迷ったとき、これからは「時代劇」がお手本になりそうです!
<池波正太郎時代劇スペシャル 顔 作品情報>
江戸の闇社会と「仕掛人」という題材が、「仕掛人 藤枝梅安」シリーズに先駆けて登場する池波正太郎の短編「顔」。今回が初めての映像化で、闇社会に生きる男たちの運命と葛藤が緊張感あふれる一級のサスペンスとして描き出されます。
■出演 松平健 石黒賢 小野塚勇人(劇団EXILE)ほか
■監督 山下智彦
■原作 池波正太郎「顔」(講談社文庫『殺しの掟』所収)
■制作 時代劇専門チャンネル J:COM 松竹株式会社
■放送 J:COMプレミアチャンネル(299ch)にて6月4日(土)ひる1時/よる7時 ※さらにJ:COMオンデマンドでは6月4日(土)深夜12時より4K版及びHD版配信開始