『エリザベート』(2016年)観劇レポート
大きくうねる歴史の荒波の中で
人知の及ばぬ“運命”に抗ったヒロインの懸命な“生”
『エリザベート』写真提供:東宝演劇部
人物を時に冷酷、時に輝くように浮き上がらせる白い光と闇のグラデーションを効果的に操り(照明・笠原俊幸さん)、シルヴェスター・リーヴァイの重厚な中に親しみやすさを織り交ぜた音楽に彩られながら、舞台はハプスブルク帝国末期の“悲劇の皇后”、エリザベートの数奇な一生を辿ってゆきます。貴族の娘エリザベートが運命の悪戯で皇帝フランツ・ヨーゼフと結婚するも、厳格な皇太后ゾフィーから自由を奪われ、夫との間にも溝が生まれる。絶望に見舞われる度に黄泉の帝王トート、つまり“死”に誘惑され、その都度はねのけるエリザベートだったが……。
『エリザベート』写真提供:東宝演劇部
『エリザベート』写真提供:東宝演劇部
また事故で死線をさまよう中で出会ったトートに掛ける”待って“の一言には、異質な存在に魅せられる少女特有の好奇心とときめきが溢れ、瞬時に劇場空間がロマンティックな空気に。後年は絶望的な状況が起こるたびに現れるトートとの絡みにおいて、迷いながらも人生をあきらめず懸命に生き切ろうとするエリザベートを全身全霊で表現、時に演技を超えたものすら感じさせます。
『エリザベート』写真提供:東宝演劇部
『エリザベート』写真提供:東宝演劇部
今回の井上トートはと言えば、後者の印象。瀕死の彼女を見初めて歌う「愛と死の輪舞」は、歌詞上は情熱的な愛の告白ですが、井上トートは高貴かつ冷ややかなオーラを保って歌唱。またエリザベートがいったんは人間の愛(フランツ・ヨーゼフとの結婚)を選ぶと、その挙式後に彼女を振り回したり突き放したりと、およそ紳士らしからぬ荒々しさを見せつつ「最後のダンス」を歌います。貴公子然として擬人化されてはいても、あくまで“異界の”存在であるところのトート。劇中繰り返される、長身の井上トートが華奢な花總エリザベートに覆いかぶさるように迫り、黄泉の国へと誘う構図は、逆にそれに抗うエリザベートの芯の強さを美しく際立たせています。
『エリザベート』写真提供:東宝演劇部
また皇太后とエリザベートの対立の犠牲となって孤独に成長、本作で最も悲劇的な立場に置かれた皇太子ルドルフ役・古川雄大さん(wキャスト)は、そんな中でも政治に希望を抱き、情熱を燃やそうとした青年をまっすぐに好演。父、そして母に拒絶され、絶望の中で自分からトートにキスをするに至る過程を、短くも激しいダンスを含め力強く演じ、状況が異なれば優れた君主になったかもしれない青年の悲劇を印象付けます。
『エリザベート』写真提供:東宝演劇部
誰にも心の内を見せず、孤高の人となってゆくエリザベートですが、その心中は精神病院慰問をきっかけに、“私にできることは強い皇后を演じることだけ”というつぶやきや、旅先で父の幻を見かけ“自由に生きたい……もう遅すぎる”と寂しげに語りかけるシーンで吐露されます。そんな日々の中で突然訪れる、命の終わり。誰もが羨む境遇にありながら失意の連続であった彼女の人生は、悲劇と呼ぶにふさわしいものかもしれません。
しかし本作のラストで描かれるのは、年月とともに様々な重荷を背負った彼女がそれを脱ぎ捨て、再び光り輝く存在となってトートにいざなわれる光景。もがきながら生きた一つの人生が、敬意をもって現代人たちの前に示されるのです。終演後“光と闇の世界”から、再び“日常”へと足を踏み出した時……、観客の胸にはきっと、この懸命な“生”への感慨と今日を、明日を生きる気力が、ふつふつと湧いて来ることでしょう。
【博多公演観劇ミニ・レポート】
『エリザベート』写真提供:東宝演劇部
この日のキャストはエリザベートが花總まりさん、トートが井上芳雄さん。花總エリザベートが少女の頃の軽やかさと、皇后となって以降の重苦しさの対比を一層際立たせ、ほっそりと可憐な身体とは裏腹に物語の幹をしっかりと体現しているのに対し、井上トートは東京公演の頃よりも発声、動きが若干ソフトに。現世と黄泉の国の「あわい」を意識した表現であるのかもしれません。また博多ではシングルキャストとなっているフランツ・ヨーゼフ役・田代万里生さんは、壮年、老年期の台詞、歌声に一層重厚感が増し、“声の探究”をきわめているご様子。特に老年期においては甘さを排し、すっかり“枯れた”ふぜいながらエリザベートを待ち、求め続ける姿に一人の人間としての真実味があらわれ、胸を打ちます。
博多座の提灯と意外にマッチ(?)するキャスト写真。(C)Marino Matsushima
終演後、劇場外では“博多座提灯”に照らし出されたキャストの大写真と記念撮影をする方が多数。帝劇に比べここ博多座は若干小ぶりな分、舞台が近く感じられ、より登場人物に感情移入をしやすいのかもしれません。20時をまわり、夕闇が刻一刻と漆黒の度合いを増してゆくなか、名残り惜しそうにたたずむ方も。もう少し余韻に浸っていたい、と思わせてくれる盛夏の『エリザベート』です。