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ヒップホップが生まれた街、ブロンクス。“ヒップホップの歴史を学ぼう! 70年代~80年代編”で、ヒップホップが誕生する前のニューヨークについて少しだけ触れましたが、その頃のブロンクスには想像を絶する恐ろしい情景が広がっていました。今回は60年代後半頃からニューヨークのストリートを横行したギャング達と、中でもギャングを更生させたグループ「ゲットー・ブラザーズ」にフォーカスしたドキュメンタリー映画「Rubble Kings」について書いてみたいと思います。

この映画には、ヒップホップ好きな人達はご存知の方も多いだろうニューヨークのギャングをモデルにした映画「The Warriors」で見たような光景がたくさん出てきます。当時のニューヨークのストリートやギャング達はどんなだったか、そしてゲットー・ブラザーズが世間にもたらした影響や、ギャング文化が衰退することによってヒップホップという新たな文化が誕生するまでの流れについて見て行きましょう。




この映画の監督を務めたのはDJや音楽プロデューサーとしても活躍するシャン・ニコルソン。偶然か必然か、彼はある時、一枚のアルバム、ゲットー・ブラザーズの「Power Fuerza」に出会います。その音楽だけでなく、背景にある素晴らしい真実の物語に感銘を受けた監督は、その物語をドキュメンタリー映画にして伝えようと決心。8年もの時間をかけて、当時の貴重な映像や写真を集め、取材をしたそうです。ハリウッドのコメディー映画ではおなじみのジム・キャリーもこの物語に心を打たれた一人で、映画のプロデューサーの一人として関わっています。

60年代のアメリカは公民権運動から、学生によるデモやストライキ、反戦抗議など、数多くの者が声を上げ、政治的な圧力と戦った時代。ケネディ大統領始め、キング牧師マルコムXなど、変化をもたらすと期待された多くのリーダー達は次々と暗殺され、人々は希望をなくし、やがて行き場のない民衆の怒りは暴力や犯罪という形として表れるようになりました。

世界の商業や文化、金融の中心地として栄えたニューヨーク。ですが、現状は破綻寸前の状態で、都市計画として開発されたサウスブロンクスでは、多くの建物が無惨に取り壊され、美しかった街は崩壊されました。

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富裕層や店を構え商売していた中流層などの多くは郊外に移ってしまい、街には貧困層だけが残り、失業率や犯罪率が増加。保険金を得るためにわざと建物を放火した大家も多く、街は廃墟化し、水も熱もない最悪な状況に陥ります。

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希望すら持てずにドラッグに溺れる者は多く、犯罪率も激増。そんな状況でも警察や行政は何もしてくれず、自分の身は自分で守るしかなかった故、数万人もの若者達はギャングとなり、ニューヨークのストリートを横行するように。

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ギャング達はヘルズ・エンジェルスのようにワッペンやギャング名がペイントされたジャケットを着用し、チームごとにそれぞれのスタイルを確立。そして自分達の縄張りを作り、他のギャングの縄張りに入ると、命を落とす者もいました。

そのような状況の中で、ゲットー・ブラザーズは、ギャング同士がこのまま戦いを続けても何も解決しないという現状を理解し、良い行いをすることによって自分達のコミュニティーが良くなり、そして世の中が良くなっていくのだと訴えました。彼らはストリートでたむろする若者を学校に行かせたり、街を綺麗にするよう努めたり、衣食に困っている人がいたら助けたりなど、地域や次世代の若者のためにサウスブロンクスを変えていく努力をしました。

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やがてゲットー・ブラザーズの規模は大きくなり、その勢力はマンハッタンやブルックリンなど他の区域にも拡大。彼らはメディアを使ってニューヨークだけでなくアメリカ全国にニューヨークの悲惨な現実を知らせました。そして、自分達の伝えたいことを歌にして届けようと、「Ghetto Btothers Power」という曲をリリース。

彼らは平和を求めて、他のチームのギャング達を更生させようと努力を続けますが、中々その声が届くことはありませんでした。ある時、他のギャング達が戦いを求めて彼らの元にやって来て、ゲットー・ブラザーズの代表格の一人がグループを代表して説き伏せようと行ったところ、彼は殺されてしまうという悲しい事件が起きました。

その後、それまで以上に抗争は激化し、サウスブロンクスは最悪な状況となります。非暴力を唱え続けてきたゲットー・ブラザーズでさえも、仲間が殺された報復をと、最大の抗争が始まることをメディアに宣言。ですが、息子を亡くした母親に諭され、怒りの心を鎮めて戦いを止めると改めます。そして71年の12月、最も悪名高いとされていた40のギャングリーダー達をブロンクスに集結させ、皆と真剣に話し合い、ギャングの休戦協定を結ぶことに成功しました。

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その後、ストリートにやっと平和が訪れ、今まで行くことのなかった地域やパーティーにお互いが行き交うようになり、新たな出会いを通して、団結力が生まれ始めます。ギャング文化は衰退し、次なるコミュニティーのリーダーとされたのはDJでした。

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中でもヒップホップの生みの親、クール・ハークはとても影響力のあるリーダとして皆にリスペクトされ、他にもグランドマスター・フラッシュグランドマスター・キャズアフリカ・バンバータなどたくさんのDJが生まれました。“ヒップホップ”という言葉を作ったバンバータも元ギャングメンバーでしたが、パーティーでは皆に心持ちを変えるようにたくさんのスピーチをして、多くの若者から信頼を得ました。

DJ以外にも、MCやブレイクダンサー、グラフィティーアーティストとして、それぞれが今までと違うスタイルで自分を表現し、ダンスやアートを通してバトルするように。それまでギャングとして生きてきた若者達の心を魅了し支えたものが、ヒップホップという新しい音楽、文化として根付いていったのです。

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こうして歴史を振り返ってみると、ゲットー・ブラザーズのように変化と向上を望んで行動に移し、人々に気付きを与えたことが新たな文化の誕生に繋がったのだということが分かるかと思います。

映画「Rubble Kings」はネットフリックスというアメリカの動画配信サービで見ることが可能です。また、リル・シャリマーによってプロデュースされたアルバム「Original Music Inspired by The Documentary Rubble Kings」は、映画にインスパイアされた内容になっていて、バン・Bゴーストフェイスキラー・マイクなどの豪華陣が参加。こちらのリンクから無料でダウンロード、又はiTunesで購入出来ます。更に「Rubble Kings」のオフィシャルホームページからは、ラテン、ファンクとソウルフレーバー満載の素晴らしいミックステープが無料でダウンロード出来るので、こちらも併せてCheckしてみて下さい!


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