第2志望でも納得できないという病
もしも第一志望に合格できなかったら、その時親はどうすべき?
「え? なんで? なんで僕の番号がないの?」
目の前に起きている現実の意味がわからない彼。凍り付いた4人。次の瞬間、二筋の涙が武田君の頬を伝うが早いか、父親は息子を胸に抱き寄せ「よく頑張った」とだけ言ったそうです。
胸を張り、堂々と学校を後にする父親。その姿に、息子が救われたことは言うまでもありません。武田君は第2志望に合格し、堂々と、充実した生活を送っています。
逆のパターンを、ある私立中学校の教員は、ため息混じりに教えてくれました。
「入学するなり、本校に対する不満ばかり言う保護者がいました。どうもうちが第1志望ではなかったらしいのです。親がそうなら子もそうなる。親子で散々本校の悪口を言った挙げ句、5月には地元の公立中学に転校しました」
親が悪口を言う学校に通っている子供の心中を察するに、こちらまでつらくなります。胸の痛みを紛らわすために、親と一緒になってせっかく合格した学校を否定したのではないでしょうか。
転校すればその傷は癒えるのでしょうか。きっと違います。その親は、子供の気持ちを少しでも考えたのでしょうか。
これが「第2志望でも納得できないという病」です。
中学受験の成否は親の心構え次第
ある中堅私立中学校の教員が教えてくれました。「正直に言って、うちの学校を第1志望と考えて入学してきてくれる生徒は少ない。他校に不合格になったうえで、うちの学校を選んでくれたケースが多い。特に、本人以上に保護者が中学受験の結果を引きずっている場合、子供の自己肯定感は著しく低い状態になります。われわれ教員が最初にすべきことは、彼らの自己肯定感を引き上げること。『いい学校に入って良かった』と思ってもらうこと。中1の1学期はそのために使います」
思春期前のこの時期には、子供は自分の価値観よりも親の価値観を通して世の中を見ています。それが絶対的な価値であると信じて疑っていません。
子供自身の価値観が確立する思春期以降であれば、子供自らが気持ちを切り替えて新しいスタートを切ることが可能でしょうが、12歳にはまだそれができません。自分の努力の結果が、親を落胆させるものだったとしたら、子供の自己肯定感は下がります。逆に言えば、親が、子の努力を評価し、どんな結果であろうとたたえることができれば、子供の自己肯定感の低下は阻止できます。
結果がどうであれ、中学受験という経験を「つらかったけれど良い経験」として心に刻むか、「つらいだけの残酷な経験」として心に刻むかは、親の心構え次第なのです。
第1志望校以外はすべて第2志望
中学受験において、第1志望に合格できるのは3割にも満たないともいわれています。受験を終え、もし第1志望合格という結果ではなかった保護者には、「第1志望の存在は、この子のやる気を引き出し、能力を伸ばしてくれたけれど、今、この子にとっていちばんいい学校は、こちらの学校だったのだ。神様は、努力した者に、最善の結果を与えてくれたのだ」というような健全なるルサンチマンを感じてほしいと思います。
第1志望は、子供のモチベーションを高める憧れの学校。でも、それ以外はすべて第2志望と考えればいいのです。
詭弁に聞こえるかもしれません。たしかに模試を受ければ第1志望から順に志望校を記入することになります。しかし、それを偏差値順に書かなければいけないという決まりはありません。
「この学校もいいね。こっちの学校も良さそうだね」などと、受験するどの学校にも入りたい気持ちを盛り上げるのが親の役割です。文化祭やオープンキャンパスに参加して、各学校のいいところをたくさん見せれば、子供には偏差値表など見せなくてもいいんです。「全部受かっちゃったらどこに行くか迷っちゃうね」などと言っていればいいのです。
首都圏には約300の中高一貫校があります。私立だけではなく、国立・公立の中高一貫校もあります。現在、首都圏の中高一貫校は、それらすべてを合わせて、1つの巨大な「個性×習熟度」別の教育システムになっているのだと私はとらえています。その中に必ず、完璧とまではいかなくても、子供が生き生きと思春期を過ごすことのできる学校が見つかるはずです。