パーヴォ・ヤルヴィ、NHK交響楽団首席指揮者就任インタビュー!
現在最高の指揮者の一人、パーヴォ・ヤルヴィ。ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンの芸術監督、パリ管弦楽団の音楽監督、フランクフルト放送響(hr響)の桂冠指揮者などの名楽団のポストを持ち、恐らく現在最多ではないかという膨大な録音・リリースを行う、今最も輝いている指揮者です。そんな彼が2015年9月、日本のNHK交響楽団の首席指揮者に就任。日本での演奏が増えるということでこれは嬉しい限り。この時代に生きられたことを幸せに思い、彼に就任についての思いや今後、影響を受けた指揮者についてなど尋ねました。ガイド大塚(以下、大):NHK交響楽団の首席指揮者就任おめでとうございます! 就任後、初の定期公演が2015年10月に行われました。どのくらい日本に滞在されていたのですか?
パーヴォ・ヤルヴィ(以下、P):4週間です。4つのプログラムを演奏しましたから長い滞在です。週に1日オフになります。
大:オフは観光したりするのですか?
P:No,no,no(笑) コンサートは1回やると丸一日休まないと。観光はしません。体を休めるのと、次の曲の勉強ですね。
大:能天気な質問、大変失礼しました(笑)。就任以前はN響にどういった印象を持っていましたか?
P:以前に共演したのはもう10年以上も前になるのですが、技術が高く、瑕疵がなくアンサンブルとして強固な素晴らしいオーケストラという印象でした。
大:この度、就任が決まり久しぶりに指揮した後の感想はいかがです?
P:元々知っていたのですが、改めて「なるほど」と納得したのが、N響の音の美しさ・温かさですね。それから代々ドイツの偉大な指揮者が振ってきていますので、ドイツ・ロマン派の伝統というのを受け継いでいるな、と。音だけではなくて、音楽作りに対する姿勢もですね。そういったものも偉大な指揮者たちから影響を受けてきているのだなと感じました。以前はショスタコーヴィチや現代の作品などを一緒に演奏しましたけれど、今回はリヒャルト・シュトラウスをやってみて、特に音の温かさを発見し、それはとても魅力的だと思っています。
大:現在そのリヒャルト・シュトラウスの交響詩のライヴ録音プロジェクトが行われているわけですが、今回どういう作曲家と考えて臨んでいますか?
既に発売済みの第1弾。『英雄の生涯』『ドン・ファン』
P:そうですね……、リヒャルト・シュトラウスへの思いは「複雑な関係」ですかね。素晴らしいメロディーがあって好きです。私の父も指揮者で(筆者注:こちらも世界的指揮者のネーメ・ヤルヴィ)、彼もシュトラウスが大好きで、子どもの頃、一緒にレコードを聴いていました。特にオーケストラ伴奏の歌曲が心に響く美しいものが多く大好きです。
大:『4つの最後の歌』のことですか?
P:それもそうですが、それだけではありません。彼はオーケストラと歌のために50以上だと思いますが、かなりの歌曲を書いています。男声向きの作品もありますが、ほとんどがソプラノのために書かれたものです。マーラーと同じように、シュトラウスも歌曲については多作家でした。
それとオペラでは『ばらの騎士』が好きです。旧ソ連で一番最初に『ばらの騎士』を指揮したのが父ですし、それは好きですよ。あと交響詩も好きです。ですが、ピンと来ない作品もあります。ですのでシュトラウスの全作品が好きなわけではないのです。それゆえ「複雑な関係」なのです。
大:なるほど。リヒャルト・シュトラウスの交響詩のライヴ録音プロジェクト第2弾(2016年発売予定)として2015年秋に録音された『ドン・キホーテ』、『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』、『ばらの騎士組曲』はどうです?
P:今回選んだこれらの曲は自分が好きなものばかりです。シュトラウスのオーケストラ曲の中では少し軽く、少しバカバカしかったり、いたずらっぽかったりするキャラクターが出てきます。ちょっとおかしな人物を描かせればシュトラウスは第一級の人だと思います。そうしたチャーミングであり、デカダントな部分は好きですね。それと、一つの時代が終わりつつあるという退嬰的な気配を描きだした『ばらの騎士』のような作品も素晴らしいと思います。
一方で、哲学的で重々しいシュトラウスの作品は、私にはややアプローチしづらいかなというところがあります。彼は大天才でしたが、実は軽妙で、底の浅いキャラクターを描かせれば天下一品だったのですよ。
大:なるほど。その3曲のおすすめポイントを教えてください。
P:『ドン・キホーテ』は素晴らしいチェロ独奏者が不可欠です。その意味で今回トルルス・モルクと演奏できたのは私たちにとってラッキーでした。私は彼と過去にレコーディングしたこともありますが、現役チェリストの中でトップ3に入りますよね。私的にはトップの人です。彼がチェロ独奏に決まったことで、高い質・技術・表現が確保できたわけです。彼にとっても『ドン・キホーテ』は20年以上にわたり弾き続けている十八番の作品ですしね。以前、彼がロイヤル・コンセルトヘボウ管とカーネギーホールでこの曲を演奏したのを聴いて感動したのですが、意外にも彼はこの曲をこれまで録音していないそうです。ですから今回が初めての『ドン・キホーテ』の録音となるわけです。もう1人のソリストであるN響のヴィオラ奏者・佐々木亮さんも素晴らしいので、このふたりをコンビとして持てたのは本当に幸運でした。
この3曲には共通点があります。先ほども申し上げた、軽妙でコミカルで、面白い人物を描いている、という点です。「ティル」は今で言うフーリガンで、あと少しで犯罪すれすれ。どこかに行って人々を大混乱に落とし入れては「テヘヘ」みたいなことをやっている少しおかしな人。ドン・キホーテは、風車に戦いを挑むなど現実離れした人物で、自分の描いた幻想の中で様々なことに挑みますが最終的には打ち負かされてしまう。従者のサンチョ・パンサも少し間の抜けたアシスタントで、とてもコミカルな2人の組み合わせ。そしてドン・キホーテが息絶える箇所は実に心に深く響きます。『ばらの騎士』は、古い世界の終わり、退廃的なウィーンの社会の最後を描いています。ただ他の曲と違って、ワルツがふんだんに使われていて、実に楽しい部分もある。