言葉には意味がある
私たちが毎日使う住まいに関しての言葉には先人の知恵や感性、あるいは哲学がともなって成り立っている言葉があります。しかし近年はリビング、キッチン、トイレといった具合にカタカナ語で表記されることがほとんどです。しかし言葉には本来その言葉のもつ意味があって使われてきたのです。あらためてその意味を掘り起こすことで空間に対しての心構えやアイデアが広がってこないだろうか。今回は「住まい」「台所」「便所」の言葉の裏側を探ってみましょう。
「住まい」って何ですか?
住まいの<す>という音は歯音(しおん)です。歯音とは歯や歯ぐきと舌との間で調節される音で、歯を合わせ唇を少し光らせて息を吐くのが<す>という音です。たとえば神社に植えられている木はすのつく杉(すぎ)、鳥の巣(す)のすは生殖と子育てのためのものです。古代の人は<す>という音に神や生命発現の根源をみていたようです。
同様に、住まいは人のためではなく神が住むための神聖な空間ととらえることができます。着工前に行われる地鎮祭や棟が上がると行われる上棟祭は、一緒に暮らしをさせて下さいと神にお願いする儀式です。神と一緒に暮らすとなると、やはりそこはけんかをしたり口汚くののしり合う空間であってはいけません。
そうです、住まいとは言葉のもつ意味からもわかるように家族仲良く団らんを大切にし、家族の健康を神に感謝しながら生活していく空間であるということです。
なぜ「台所」、「勝手口」っていうのですか?
●台所って?台所は、台盤所(だいばんどころ)を略して台所と言っています。台盤所は煮炊き、調理、配膳をする部屋で、平安時代の頃からみられるようになりました。これが中世になると武家の間で広まり、近世になると庶民の間にも普及し調理・配膳する所という意味だけでなく家計を切り盛りするところにも使われるようになってきたのです。
台のもともとの原字は「怡」(イ)です。左側の小は立心偏(りっしんべん)で心の字を立てて偏にしています。台はよろこびの感情を表わす声符(せいふ※)「ム」と「ロ」からなる形声文字(※)です。口をあけて微笑んで喜ぶ意味があるのです。
かつて台所が陽の当たらない北側の場所<ケ>にあったのは、食物を腐りにくくするためです。しかし現代の住まいでは<ケ>ではなく、<ハレ>的な価値あるスペースとして考えられるようになってきたのも、原字を読み解くと自然の成り行きかも知れません。
つまり台所は家族に対してひらかれる必要があり、打ちとけて喜び楽しむスペースであるということです。
※形声文字、声符
複数の文字の一方から意義をとって、一方から音をとって構成されるのが形声文字です。形声文字でカテゴリ(意味、分野、種類)を表わす部品を「形符」(けいふ)といい、発音(音読み)を表わす部品を「声符」(せいふ)といいます。たとえば漢字で「江」の左の部品は「水、川」関連の意味を表わす形符で、右の部品は「コー」という発音を表わす声符です。
●勝手口って?
勝手はわがままの勝手ではなく、家計を預かる所、やりくりする所です。台所にあるものなぜ勝手なのか、それは糧(かて)を炊(か)ぐ場所だからといわれています。糧には食べもの(食糧)や生活の活力の源をうむという意味があります。勝手口はまさに生活の活力を運んでくる出入口と言えそうです。
便所って汚いところ?
便は更(へい)が音を表わし、物事を治める意味の語源からきており、便は人の物事をする召使いの意味です。辞書には、都合がよい、やすらか、くつろぐ、休む、といったことが書かれています。しかし「便所」と書くと何となく汚らしい場所というイメージがあるからでしょうか、図面等に記入される場合はほとんどがトイレです。かつて日本人は便所を憚(はばか)りや御不浄とも言っていました。はばかりは人の目を憚りながら便所に入る、御不浄は不浄に御をつけることで不浄さが消え去ってしまう思いが感じられます。いずれも日本人らしいこまやかな感性がみえ隠れします。
最近のトイレは単に排泄の場ではなくくつろぎの場であり、とても衛生的でゆとりを持たせることで魅力あるスペースになっています。便所の本来の意味に近づいているとも言えます。
廊下の途中に中庭を設け、その一部に便所がある築50年の家。くつろぎのスペースになっていて、左側の扉が便所、中央にあるのが手水場(ちょうずば)で現在の手洗い場です。
まとめ
一言で言えば「住まい」は家族仲良く、「台所」は口を開けて喜ぶ、「便所」は便利な癒しの場ということでしょうか。言葉の裏に潜む成り立ちや意味がわかるとなんとなくそのスペースに対しての責任やあり方などが気になります。ぜひプランニングにいかしてほしいものです。※参考にした本「住まいのことのは手帖」木山悳世著.(TOTO出版)