現実にはなく、地図上だけにあるもの、
それが境界

文京区と台東区の区界

何の変哲もない商店街。だが、ここは文京区と台東区の境界。右側が文京区湯島白梅商店会、左は台東区で池之端中町商店街(クリックで拡大)

自治体の境には境界線がある。だが、現実にそこに線が引かれているわけではなく、線があるのは地図の上だけである。その地図を手に現実には見えない境界線を辿りながら歩く集まりがある。境界協会。冗談のような団体名だが、主宰しているのは地図の専門家、日本地図センターの小林政能さんである。

 
「地図は現実を小さく図化したものですが、現実にはないけれど、地図には載っているものがあります。それが境界線です。古くは山の稜線、川などが境となってきたようですが、もちろん、それ以外の要因もあり、地図を見ているだけだと、どうしてここが境界になっているのかが分からないこともあります。その理由を探しに現地に行ってみる、過去の地図から考えてみるなどして、面白がる団体、それが境界協会です」。

分かりやすい境界は川、
ただし、川の真ん中が境界とは限らない

隅田川

物理的に土地を分けているという意味で川が境になるのは非常に分かりやすい(クリックで拡大)

身の回りにある境界のうち、もっとも分かりやすいのは川だろう。たとえば、東京都と神奈川県の境には多摩川が流れているし、東京都と千葉県の間には江戸川が流れている。つくばエクスプレスに乗ると川を渡る度に自治体が変わっていくことも分かる。

 
だが、面白いことに地図で多摩川を下流から上流に辿ってみると、境界線は必ずしも川の真ん中にばかりあるわけではないことが分かる。「東京都の中に神奈川県が食い込んでいたり、神奈川県が飛び出していたりと川を中心に境界線は右に、左に蛇行しています。これは昔の川の位置から境界を作ったからで、その後、川が流路を変えたため、東京都の中に神奈川県が取り残されるなどといった状態が生まれたのです」。

また、川の両岸を見ると東京都側にも、神奈川県側にも同じ地名があることがある。東京都世田谷区には野毛、上野毛があり、神奈川県川崎市には下野毛があるし、布田は東京都調布市にも、神奈川県川崎市にもある。詳細に見ていけば、もっとたくさんの同一地名があり、これはもともとは地続きだった可能性がある。川が流路を変えたため、両岸に別れてしまったのだ。

こうした現象は多摩川に限らず、その昔には武蔵野国と相模国を分けていた境川や鶴見川、石神井川その他の川でも見られ、川をまたいでの飛び地は意外に多く存在する。川の歴史が境界を作っているのだ。

川跡、暗渠が境界になっている例も多数。
行ってみれば分かる、高低差境界も

龍閑川

地図中央を左下から上に向かって流れているのが龍閑川。左側が日本橋川で龍閑川の下に新常盤橋があるのが分かる(江戸切絵図 日本橋北神田浜町絵図より。国立国会図書館デジタルコレクション)

見えている川以外が境界を作っていることも多い。たとえば、千代田区の神田エリアと中央区の日本橋エリアの境界は日本橋川から延びていた人口の河川、龍閑川の川跡である。区界が妙にまっすぐなのは自然の川ではないため。現在も川があったことを偲ばせる大和橋交差点、鞍掛橋交差点、龍閑橋交差点、今川橋交差点など名称が残されている。

 
「昔の川跡を境界にしたため、川跡上にある龍閑児童公園は半分は千代田区、半分は港区の管理下にあり、千代田区のホームページによると住所は千代田区岩本町1-14-1となっており、公園の看板の住所は中央区日本橋小伝馬町です」。

三田用水が目黒区と渋谷区、港区と品川区の、玉川上水が新宿区と渋谷区の、藍染川が文京区と台東区のそれぞれ区界の一部となっているなど、こちらの例も枚挙にいとまがないほどである。

西つつじが丘の境

上の地図で中原と書かれた文字の下に妙な形の境界線があるが、それを高低で見たのが下の地図。高低に合わせて境界が作られていることが分かる(クリックで拡大。上は地理院地図、下はグーグルアースの上に東京地形地図を重ねたもの)

川以外では土地の高低も境となるそうで、例として小林さんが挙げてくださったのは調布市西つつじヶ丘2丁目。三鷹市が細長く、不思議な恰好で調布市に食い込んでいるのだが、この理由は高低差。「言ってみれば明らかに高低があり、それで市域が別れたのだろうということが分かります」。

 

台東区と文京区

写真中央に明らかに高低差がある場所があることが分かる。ここが文京区に食い込んでいる台東区部分。建物がない時代にはもっと分かりやすかったものと思われる(クリックで拡大)

境界協会で最初のフィールドワークで訪れた本郷界隈でも、文京区にある東大病院の脇にくさび型に食い込む台東区を見たが、そこも同様に地形が境界線を決めたのであろうことが推察できた。境界を見ていくと、現在の土地が改変されていたとしても、過去に何があったか、どんな地形だったかが分かることがあるのだ。

 
もうひとつ、歴史的経緯も境界を作る要因となる。「昔の村の範囲、明治になって初めて定まった東京15区の跡も現在に繋がっています。東京15区の外側なら、その昔の地主の土地の境が境界になっていることもあります」。

神田明神

文京区に囲まれた千代田区に位置する神田明神(クリックで拡大)

歴史的経緯の中にはいろいろな思惑なども含まれる。たとえば、神田明神はそこだけが千代田区が文京区に張り出す形になっているが、これは明治11年に東京15区の区界を決める際の、神田区は江戸の総鎮守である神田明神ありきであることという宗教的というか、民俗的配慮の結果だろう。御茶ノ水駅から神田明神に向かうと途中、文京区を経て千代田区に入ることになるのである。

 

面白いのは、ひとつの建物が2つの自治体にまたがっている例。有名なところでは東海道線・根岸線の大船駅がある。東海道線自体が柏尾川に平行するように走っているのだが、その柏尾川の支流砂押川がちょうど大船駅のど真ん中を流れ、それが鎌倉市と横浜市の境となっているのである。JRの場合、駅長室の位置が住所を決めることになっており、大船駅の住所は鎌倉市大船1丁目となる。だが、ホームの北半分と笠間口は横浜市栄区笠間1丁目である。

実際にはこうした建物は少なからずあるそうで、「豊島区と練馬区の境にある豊島区さくら小学校はプールだけが練馬区にありますし、世田谷区には玄関だけが区内にあり、建物のほとんどは狛江市にあるというマンションもあります」。

住所は主要な出入口のある場所で決まることが多いため、このマンションが世田谷区の地名を冠したものになっていること自体は間違いではないのだが、建物の大半が区外というのはちょっと、なんだかなである。

境界を考えることで分かってくるもの
見えてくるもの

ここ数年、家探しにおいて境界の意味は以前より重要になってきた。住む自治体が異なることで受けられるサービスが異なる可能性が高くなっているからである。また、区境を歩いているといきなり歩道が無くなったり、道幅が変わったりするなど自治体の違いが安全性の違いとなって表れることもある。

だが、境界協会の活動から感じるのは境界は自治体差以上に、その土地を知るための手がかりとして大きな意味を持っているのではないかということ。川を境界にした場所であれば境界を知ることでかつての流路が分かるし、それが分かれば土地の脆弱性にも思いが及ぶはずだし、歴史的な経緯を知れば土地への愛着も変わってくる。

「境界も含め、多くの人は私たちを囲む地形や環境はずっと変わらないものと思いがちですが、意外に変遷しています。そうした地形を踏まえて土地を見るのと、何も考えずに見るのとでは安全その他も変わってくるはず。また、家を単体として見るのと、周囲を含めて面として見るのでは、やはり見え方が変わってきます。境界の意味を考えるのはそのための一歩です」。

境界協会

住居表示を見ながら歩いていると隣り合って違う自治体の住居表示がある。こういうものを探して歩き、楽しむのが境界協会(クリックで拡大)

難しく書いたが、実際の境界協会のフィールドワークは隣り合う2区の住居表示の前で写真を撮ったり、どうしてここに境界があるのかを謎当てよろしく語り合うなど、楽しい場。機会があれば参加してみてはいかがだろう。

境界協会

東京地形地図
グーグルアースをダウンロード、続いて東京地形地図をダウンロードすると土地の高さが色の濃淡で表されるようになる。お勧め。

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