浦井健治×ソニン
多彩な出演者の化学反応
物語は、浦井健治さん演じるトロイラスが城壁から甲冑を投げ「心を打ち砕かれた、戦場に行きたい奴は行けば良い!」と戦争を否定するシーンから動き出します。クレシダに恋をしたトロイラスは彼女と離れて甲冑を着け、砂まみれの戦場で戦っている場合ではないのです。(世田谷パブリックシアター 撮影:細野晋司)
浦井さん演じるトロイラスはとにかくストレート。クレシダへの想いと、王の息子である自らの立場の狭間で揺れるリアルな感情表現が魅力的です。ギリシャ軍に引き渡されたクレシダが、将軍の一人・ダイアミディーズに求愛されるのを物陰から見つめるトロイラス……コメディ要素もありながら、浦井さんの真っ直ぐな瞳にドキドキさせられました。
クレシダ役のソニンさんは、計算の上なのか天然なのか分からないモードで男たちを”翻弄”するキャラクター。一歩間違えるとただの嫌な女性になってしまう役柄ですが、触れればすぐ落ちそうな空気感と、凛とした佇まいの両方を持つ人物造形が見事でした。
多くの登場人物たちが「戦争」という大きな状況の中で生きているのに対し、この二人の場面はまるで『ロミオとジュリエット』ばりのロマンティックモード。シェイクスピアが様々なエッセンスを取り入れて書いた戯曲だというのが良く分かります。
(世田谷パブリックシアター 撮影:細野晋司)
トロイ軍と戦うギリシャ軍の将軍たち。
岡本健一さん演じるダイアミディーズは、軍人としての会議の席ではほぼ言葉を発せず、クレシダを口説く時に本領を発揮するというジゴロモード。迷彩の軍服の上に皮ジャンを羽織り、クロムハーツらしきシルバーアクセを着ける様子はとてもセクシー。岡本さんはこういうちょっと屈折した色悪テイストの役が本当に似合う……色気のある俳優さんだなあ、と再認識させられました。
先日お稽古場でインタビューさせて頂いたアキリーズ役の横田栄司さん。 ドレッドヘアにサングラス、タトゥーが至る所に入っているという出で立ち……六本木の路上で遭遇したら、間違いなく目を伏せる雰囲気満載です。カルバンクラインモードのパンツ(=下着)一枚に、毛皮のコートを羽織って登場する様子の面白さと凄まじさはシェイクスピア劇に一石を投じたかと。
ビジュアルも最高ですが、劇中である意味一番素直で人間らしく、何事にもとらわれないアキリーズの自由なキャラクターを横田さんはこれ以上はない位魅力的に演じていると思いました。滲み出る可愛らしさと共に何とも言えない不気味さも併せ持ち、アキリーズの登場時には、舞台上の熱量が一気に上がった気が……。
このアキリーズの人物造形が、トロイの英雄・ヘクター(吉田栄作)と対になっているように見えたのも興味深かったです。思いのまま自由に生きて感情を放出するアキリーズと、妻にも弱みを見せず、自らに打ち勝とうと一人孤独に戦うヘクター。そしてその二人の一騎打ちで勝利するのはアキリーズという皮肉。
(世田谷パブリックシアター 撮影:細野晋司)
本作には文学座の俳優さんが多数出演しています。プライアム王・江守徹さんの登場するだけで場を圧する存在感をはじめ、頭脳派として軍を動かすユリシーズ役の今井朋彦さん、ディレクターズチェアに座って華麗に皆を統率するアガメムノン・鍛冶直人さん、飄々とした雰囲気で語る小林勝也さんなど、改めて文学座俳優陣の多彩さと層の厚さを観客に見せ付けたのではないでしょうか。
”現代にも通ずるシェイクスピアの問題作”
確かにヨーロッパとアジアの境界線で起きている戦争と恋とを描いた『トロイラスとクレシダ』には、今の時代に生きる私たちに刺さる要素が沢山ありました。
「人間なんて愚かなもの。だからこそ愛おしいのだ」という作品から発せられる強いメッセージの向こうに、シェイクスピアのチャーミングでちょっと皮肉モードの笑顔が見えたような気がしたのは気のせいではない筈です。
世田谷パブリックシアター+文学座+兵庫県立芸術文化センター
◆『トロイラスとクレシダ』
7月15日~8月2日 世田谷パブリックシアター
作 ウィリアム・シェイクスピア 翻訳 小田島雄志 演出 鵜山仁
浦井健治 ソニン 岡本健一 渡辺徹 今井朋彦 横田栄司 吉田栄作 江守徹 他
※東京公演終了後は石川・兵庫・岐阜・滋賀での公演有
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