大のクラシック好きの藤本幸弘先生。レーザーを用いた美容治療を行う「クリニックF」の院長を務めている
大:本当に最近のことなのですね。
藤:そうなんですよ。そして『痛み』ですが、国際疼痛学会による定義は『実際に何らかの組織損傷が起こったとき、または組織損傷を起こす可能性があるとき、あるいはそのような損傷の際に表現される、不快な感覚や不快な情動体験』。つまり、感覚+情動なんですよ。要は実際に痛い状態だけではなく、その後に起こる脳内での動きも「痛み」なんですよね。
例えば、誰かを仲間外れにして疎外感を与えると「心が痛」みますよね。その時の脳を調べると、実際に何か外的な刺激をして痛い時と、脳の同じ場所が働いているのが分かったりするんです。結局のところ、実際の痛みであれ体験であれ、何かがあった際に脳の中でどこにアウトプットが繋がるか、というだけの問題なんですよ。短い急性痛と、長い慢性痛というのがあって、急性痛というのは実際的な痛みや危険を伝えるシグナルです。当然それは病院に行くべきです。ただ慢性痛は、実際の病気が治っているのに、痛みの記憶だけが残っていたりするんです。
痛みが生じると、交感神経が緊張して血管を収縮する、また、運動神経が興奮して筋肉が緊張し、これらによって血行不良が起こる。すると痛みの物質ブラジキニンなどが発生し、痛みを増強するんです。実際に痛みの原因がなくなっても、この回路だけが残ってしまっている場合があるわけです。
こうした慢性痛は、それを超える情報を与えると「マスク(覆う)」することができます。人間の脳は、脈や心臓を動かす脳幹と、感情を表す大脳辺縁系、食欲や性欲などの視床下部によってなる「旧脳」と、思考や言語をつかさどる大脳新皮質という「新脳」に分かれます。ある種の音楽を聴いたり、心地良い音楽を聴くとエンドルフィンやドーパミンなどの物質が新脳内に出ます。エンドルフィンはモルヒネの6倍の鎮痛効果があり、「快」の感覚を与えるホルモンであるドーパミンの作用を延長させます。なお、聴覚は五感の中で最も原初的な器官であり、脳に直接作用します。
コンサートに行って感動すると痛みをすっかり忘れたりしますが、それは正に「聴覚性痛覚消失」という脳の現象です。エンドルフィンが出て、痛みをマスクしているのです。
大:なるほど! 心地良さが痛みに勝り、痛みを感じない、というわけですね。でもクラシックが特別良い理由はあるのでしょうか?
藤:音楽には、リズムとメロディーとハーモニーの3要素がありますが、リズムというのは旧脳系に効きます。興奮してくるとか。ジャズなどはそういう感じですよね。
メロディーを理解するというのは高次脳である新脳じゃないと無理ですね。多分、動物はメロディーが分からないですよ。そして、メロディー以上に複雑なのがハーモニーで、クラシック音楽の特徴はハーモニーを入れ込んで作曲することに尽きるじゃないですか。脳は難しいものを理解したときに喜びを感じるんですよね。
更にクラシック音楽は伏線がたくさんあり、要は聴けば聴くほど理解が進み「あ、こういうことだったのか」と内容をちゃんと把握できたとき、脳内に喜びが出てくるんです。
大:確かにハーモニーや構成の複雑さで言ったらクラシックは別格ですね。
藤:歌謡曲のように1回聴いて気持ちが良いメロディー中心の曲というのは、自覚はなくとも、脳が早々にその旋律に慣れてしまい、ある意味脳が「飽きて」しまうということが起きてしまうように思うんですよね。慣れ親しんでいる曲の良さはもちろんあるわけですが、新しい発見や難しいことに挑戦し、前に進化する喜びを脳は常に求めていますから、そこを満たすことは難しくなります。
また、もう一つクラシック音楽の面白いところは、演奏家によって表現が異なるということですね。僕も1曲に対して30枚くらいCDを持っている曲があったりしますけれど、いろんな表現者がいて、それぞれが良いか悪いか、と聴き比べできる喜びもありますよね。